全裸タワーの件 :約4500文字
とある居酒屋の個室にて、高校時代の同級生三人が久々に顔をそろえ、テーブルを囲んでいた。
テーブルの上にはグラスやつまみが並び、隣の部屋からは陽気な笑い声が漏れ聞こえている。注文した料理がひととおりそろい、さあ、グラスを掲げて乾杯というところ。
ただ、そのうちの一人だけ背中を丸めていた。
「じゃあ、久々の再会を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」
「……」
川田と森崎がグラスを軽く打ち合わせる中、山野だけはうつむいたまま手元のグラスに触れようともしなかった。袖口から覗く高価そうな腕時計が、うなだれた姿とは不釣り合いに照明を弾いていた。
その様子をちらちらとうかがっていた川田は、やがて小さく頷いた。
「まあ、乾杯って雰囲気でもないか。……いや、お前、マジで何やってんだよ!」
そう言うなり、川田は山野の頭をぱしりと叩いた。山野の頭はさらに低く垂れ、前髪がぱさりと顔にかかった。
森崎が慌てて手を伸ばし、川田を制した。
「おい、やめろって……」
「いや、せっかく久々に集まったってのに、こいつずっとこの調子だからよ」
「仕方ないだろ。山野は最近、動画が流出して炎上したばかりなんだから。なあ」
「……」
「なんとか言えよ」
「だから叩いてやるなって。ただでさえネットで叩かれてるんだしさ」
「お前もちょっといじってるだろ」
「はは、そんなことないって」
森崎は軽く手を振って笑った。山野は顔を上げようともしなかった。
「で、なんであんなことしたんだよ。全裸タワーだっけ? 全裸の女に組体操をやらせるって、どういうセンスだよ」
「まあまあ、今日はいいだろ、その話はさ」
「よくないだろ。昔はあんなことする奴じゃなかったのに。金を持って変わっちまったのか? たまにSNSを覗けば、金だの人脈だの、そんな話ばっかりだし。あの動画だって、結局周りの連中に流出させられたわけだろ?」
川田は大きくため息をついた。
「うちの奥さんもショック受けてたよ。頼むよ、まったく。AV女優かなんか呼んだわけ? 金払えば何やらせてもいいってもんじゃないだろ。もっと相手の気持ちを考えろよ。しかも、報酬までケチったらしいじゃん」
「ふふ……」
「ん?」
山野の肩がかすかに震えた。川田はそっと山野の顔を覗き込もうとした。しかし――。
「ふふふ、ははは……はーっはっはっは!」
山野は勢いよく顔を上げるや否や、高らかに笑い出した。
「引っかかったな」
「……は?」
「全部ヤラセだったんだよ! はーっはっはっはっは!」
「はあ?」
「お前……そうだったのか! 最初からなんかおかしいと思ってたんだよなー」
森崎は腕を組み、何度もうんうんと頷いた。川田は口を半開きにして呆気に取られていたが、やがて眉を寄せて言った。
「いや、そんなわけないだろ。急にどうした?」
「毎日、仕事が終われば会食。朝まで飲み明かして、数時間だけ寝たらまた仕事。その繰り返しだった……で、そんなある日、ふと気づいたんだよ。周りの連中は僕に会いたくて集まっているわけじゃない。僕の金を見て付き合っているだけなんだ、とね」
「おー……?」
「いや……それでもいい。自分はオーナー業をやっている身で、何かを生み出す主役ではなく、あくまで裏方なんだ。そもそも自分には人を惹きつける力なんてない。だったら、金を前面に出したブランディングで人間関係を築けばいい。そう自分に言い聞かせて、自分の役割を果たそうと思ったんだよ」
「んー?」
「SNSは、ビジネス上のさまざまな目的で使われているだろう? 中でも、ビジネスインフルエンサーを自称する連中は、グループを作ってイキってる。一人では大した影響力もないから引用やリプで絡み合い、インプレッションを稼いでいるんだ。でも、群れてようやくあのレベル。にもかかわらず、ある者はインプの稼ぎ方だのなんだのと情報商材を売りつけ、ある者は大した実績もないくせに成功者を装い、またある者は己の利益のために人を騙している。実にくだらない……」
「おん?」
「とはいえ、SNSが持つ影響力は今の時代、決して侮れない。実際、仕事の現場でもインフルエンサー絡みのトラブルが目に見えて増えてきた。この手の問題は、今後ますます広がっていくだろうな……」
「何が言いたいんだ?」
「僕は、自分の正義を絶対に貫き通すタイプなんだ。そのためなら手段も選ばない。なんとかできないか。このままでいいのか。そんなことを考えていたとき、ふとあるアイデアが浮かんだ。思いついたら、あとは行動あるのみ。僕はすぐに計画を立て、コツコツと準備を進めていった。そして実行に移せる段階まで整ったところで、ある人物に協力を持ちかけたんだ。……さて、誰だと思う?」
「知らねえよ」
「レイカさん! お話があります!」
「誰だよ。急に立つなよ」
「この計画を話したら、面白そうだって乗ってくれてね。実行決定。ただ、タワーを完成させるにはあと六人必要だった。だから知り合いに片っ端から連絡を取り、どうにか人数を集め、撮影の日程を調整した。おかげで撮影は滞りなく終了。投稿は休日を選んだ。暇を持て余してSNSを眺めている連中が多いからな。まずは適当なアカウントを作って動画を投稿したんだが、内容が内容だからね。案の定、センシティブなコンテンツだと判断されて規制を食らってしまったよ。仕方ない、プランBに移行。今度は暴露系として有名なアカウントに動画を拾わせた。そこから一気にブーストがかかり、狙いどおり、ものすごい勢いで拡散された。いい流れだったよ」
「お前、ずっと何言ってんの?」
「すごい……すごいよ、山野! 全部、お前の狙いどおりだったのかよ!」
森崎は目を爛々と輝かせ、感嘆の声を漏らしながら口元を両手で覆った。
「いや、そんなわけないだろ。目的はなんなんだよ。お前にだって家族がいるのに、あんな動画のせいで悪趣味な成金野郎ってイメージがついたんだぞ。割に合わないだろ」
「お前、まんまと引っかかったな」森崎はにやりと笑った。
「うるせえな。お前はお前でなんなんだよ。なんでそんな簡単に信じられるんだよ」
「いやいや、山野がそこまで馬鹿じゃないってことぐらい、お前も知ってるだろ?」
「いや、あそこまで馬鹿だとは思わなかったよ。全裸タワーだぞ。しかも、てっぺんからシャンパンまでかけてるんだぞ。そのうえ炎上した当初は、あれはAI生成の偽物だの、持病のせいだの、酒に酔っていたせいだのと、次から次へと言い訳を垂れ流してただろ。見ちゃいられなかったわ」
「それも狙いどおり」
山野はしたり顔で言った。
「は?」
「ああやって見苦しい言い訳を並べれば、最初は怒っていた連中も呆れて冷める。そうやって炎上を鎮火させようとしたわけ」
「……じゃあ、ヤラセじゃねえじゃねえか。炎上することが目的だったんだろ? だったら自分で火を消してどうするんだよ」
「そうだよ。だからああいう言動で、さらに薪をくべたってわけ」
「いや、言ってることが二転三転してるじゃねえか。現実でも言い訳ばかりかよ」
「お前にそう思われるところまで含めて、狙いどおりってこと」
「わけわかんねえよ……」
「それも狙いどお――」
「うるせえな!」
「つまり、えっと……なんて言ったらいいんだ……?」
「こいつも困惑してるじゃねえか」
「でも正直なところ、山野が次に何を言い出すのか楽しみにしてる自分がいる。お前はどう?」
「そうでもねえよ。そもそも、実際に全裸タワーを作って、シャンパンをかけたんだよな?」
「そうだよ」
「だったら、ヤラセかどうかなんて関係ないんじゃないか?」
「そう思うのも、また狙いどおり」
「どういうことだよ」
「うわあ、でもここでヤラセだと明かすってことは、この物語もいよいよラストスパートに入ってきたってことだよな。結末は気になるのに、終わってほしくないっていうアンニュイな気持ちになってる……。お前はどう?」
「いちいちおれに聞くなよ。気持ち悪いな」
「炎上するには、叩かれるだけの理由が必要だ。とはいえ、人を攻撃する、誰かとコラボする、犯罪行為に手を染める――そういうことは僕の主義に反する。そうした手段を使わずに、どうやって燃料を作るか。そこが最初の問題だった」
「また喋り出したよ……」
「まずは金持ちアピールから始め、次に独身いじり。そういう煽りを混ぜた投稿を数か月かけて繰り返し、少しずつ反感を買っていった。じわじわと敵を増やしていけば、いざ何かをやらかしたとき、それまで不満が一気に噴き出すはずだからな」
「ああ、あの鼻につく投稿はそういう意図があったのかあ」
森崎は感心した様子で頷いた。
「人を攻撃しない主義じゃなかったのかよ。そもそもお前、人を騙すのは自分の正義に反するんじゃなかったのか?」
「ATMの残高を見せて金持ち自慢をしたり、『三十を過ぎても結婚しない人間はおかしい』とあからさまに煽った。準備は万端だった。そこへ動画をリークさせて、最初の投稿では『状況を確認します』といった程度の無難なものにする。次にAI生成だのなんだのと苦しい言い訳を重ね、できるだけ多くの反応を引き出す。ここまでは悪くなかった。狙いどおり、批判してくれる人間も順調に増えて、いい具合に騒ぎが大きくなった。ただ、その中には『どうせヤラセなんだから反応しちゃ駄目』なんて言い出す連中もいた。だったら最初から放っておけばいいのに。わざわざ人の投稿に絡んできて、冷静な自分を演出か。性格悪い」
「まったくだな」
「お前だよ」
「そこから先は、妻に家を追い出されたという展開でストーリーを進めていく。家庭崩壊編を経て、放浪編、ネカフェ泊編、友情編、逃亡編、カジノ編。シナリオはまだまだ用意してある」
「ブラボー! ブラボー!」
森崎が勢いよく立ち上がり、割れんばかりの拍手を送った。壁を隔てた隣の個室からも、つられたようにまばらな拍手が起こった。
「どこまで続けるかは僕の気分次第だ。ただ正直なところ、僕自身は少し飽きてきている。でも、世間が次の展開を待ち望んでいるのもわかる。そうだろ?」
「ああ! もう海外ドラマを観てるみたいな気分だよ! なあ!」
森崎は興奮気味にそう言うと、川田の肩を叩いた。
「どう?」
「どう?」
「いや、興味ねえよ! もう勝手にやってろ!」
川田は立ち上がり、財布から紙幣を数枚抜き取ると、テーブルの上に置いた。
「じゃあな。これ以上聞いてたら、こっちまで頭がおかしくなりそうだ」
川田はそう言うと、二人を置いて個室を出ていった。
残された山野と森崎はしばらくドアを見つめ、やがて静かに顔を見合わせた。
「……興味なくしたかな?」
山野がぽつりと言った。
「ああ、たぶんな。あの顔はもう完全に愛想を尽かしてた」
「よかったあ……ふう……」
山野は大きく息を吐き、テーブルに突っ伏した。森崎も天井を見上げながら、長いため息をついた。
「……で、あいつの奥さんはなんて?」
「大丈夫。喋らないよ。というか、喋れるはずがないよな。自分があのタワーの最下段だったなんて」




