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第90話 当たり前

 モイはそう言いながらこぼれてきた涙を袖で拭う。

 

「モイ、声が……」


 エイガがモイに話しかけようとすると、後ろにいた秋山がはぁと分かりやすくため息をついた。


「ねぇいい加減別れの挨拶はそれでいい?エイガ君が死んだらどっちみち栗原さんも捕まえるんだけど」


 その言葉を聞いてエイガが慌てたように自分の腕をつかんでいるモイの手を振りほどこうと、モイの指に手をかけた。


「モイ、俺が死ぬ前にもう行かないと。俺もモイも2人とも死んじまう」


 しかしモイは握る力を弱くするどころか、さらに強く握りしめる。手首を締め付けられる感覚を覚え、エイガは顔を歪めた。


「あんた酷いことしてる自覚あるの?」


 ワナワナと体を震わせながらモイは慣れない声帯を鳴らしてエイガにそう問いた。

 

「え、どういうこと?」

 

 エイガは困惑しながらも、モイの話に耳を傾ける。


「ど……の?」


「え、ごめん聞こえなかった」


 エイガがそう聞きか返すとモイは掴んでいるエイガの腕を自分の方に引っ張り、自分の体を支えるのに精一杯だったエイガを自分の体にもたれさせた。そして耳元では大きく、しかし周りにはか細い声としか聞こえない声で叫んだ。

 

「あんたはどうして他人を見るのと同じように自分の命にはわかりやすい価値しか見出さないのって聞いてんの!」


 エイガはその言葉に目を見開く。モイがエイガの体を起こし、視線を合わせる。がっちりと掴まれたエイガの肩、まっすぐエイガを睨んでいるのか、泣いているのか分からない表情、その目には有無を言わせない強い意志が宿っていた。


「こんな生きづらい世界を教えたくせに自分はわかりやすい世界に逃げるの⁉アホ、クズ、人間のゴミ!」


「え、あ、え?えっと――ごめん?」


「謝るんじゃないわよこの底辺!」


「えぇ……」

 

 今日は謝るなと言われてばかりだなとエイガはふと思う。錯乱しているであろうモイにエイガが戸惑っていると、秋山が今度は先ほどとは比べ物にならないほどわかりやすくため息をついた。


「僕だって暇じゃないんだけど、さっさと終わらせてくれない?」


 するとモイの睨みが今度は秋山に向く。エイガを庇うように前に出ながら、杖を構えた。


「まさか、戦うつもり?」


 秋山がそう聞けばモイは黙って魔力を練り、秋山に向かって杖を構える。

 狙いを定め、高速で1つの炎弾が杖の先から飛び出した。

 炎弾は秋山があらかじめ後ろから出していた剣によって簡単に相殺されてしまい、それどころかその剣はそのまま飛び続けモイの体をかすっていった。

 秋山はハハッと嘲笑いながら、天を仰ぐ。


「この戦力差で?馬鹿じゃないの?」


 秋山が笑いをこらえる様に俯いてクツクツとひとしきり笑うと、髪をかきあげて顔をあげた。その瞳には小さく涙を浮かべている。


 「なんで君がそこまでする必要があるの?逆に興味ある――な!」


 秋山はそう言って指を鳴らせば剣がもう一本発射され、モイを脅すように髪をかすっていく。

 

「いじめられている君を助けもしない、まったくの無関係、馬鹿で何をやらせても下手糞、そんな奴と関わることになんの利益があるんだい」


 と秋山がモイを挑発するようにクイっと指を動かす。すると今度は2本の剣がモイの足と体をかすっていく。


「君だってエイガくんを内心見下していただろう?」


 秋山にとっては不意をつくための質問だった。もう一度指を鳴らそうとニタニタ笑いながら指を構える秋山に、モイはため息をついて喉の調子を整える様に咳ばらいをした。

 

「当たり前じゃない、こんな馬鹿見下さないほうがおかしいわよ」

 

 そう呆れる様に言うモイに二人の目が点になった。

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