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第89話 後を継ぐもの

「やめてくれ!」


 モイがその弱々しくも縋るような声に振り返れば、そこには致命傷を負っているはずのエイガが腹を押さえながら立っていた。エイガは赤黒い血を草に垂らしながら、ふらふらと立ち上がりモイの前へと歩き出す。


「俺が生きて、そっちの生贄になればモイは逃がしてくれるんだよな」


 そう満身創痍で答えるエイガの姿に秋山はため息をつきながらも、ぶっきらぼうに答える。

 

「まぁそうだね、アレーシア様が求めてるのは生贄。君さえ逃げなければこれ以上殺すこともないんじゃないかな、たぶんだけど」


 それを聞いてエイガは1つ大きく深呼吸をした。自分を落ち着ける様に震えた喉からぎこちなく吸い込んだ息をゆっくりと吐いて、声を絞り出して言った。


「じゃあ行く、だからモイをここから逃がしてくれ」


 そのエイガの言葉にモイは息が止まった。


――何考えてるの⁉あんたこのまま行ったら死ぬのよ⁉


 モイの顔を見たエイガが、モイの言葉を理解するとエイガは何故か力無い微笑みを浮かべた。

 

「だって多分委員長は俺たちの何倍も強いだろ。ここで戦っても俺が死んでモイがひどい目に合うだけだ……それならモイが生き残った方が何十倍もいい」


 モイはその言葉にエイガの胸倉をつかんだ。体を支えるのすら必死の相手にするべき行為ではないことはモイもわかっていた。しかしこの目の前の馬鹿につかみかからないと、心がどうにかなってしまいそうだった。


 ――私だけ生き残ってどうすんのよ⁉どうせこの先、生き残ってもどうにもならないのに


「モイは出来もいいし、なんだかんだきっと生きられるよ。奴隷とかよくわかんないけどさ、街の人は優しかったし、どうにかなるよ」


 ――そんな簡単にいくわけないでしょ、あんたも死ぬなら私もここで洗脳を受けたほうが断然マシ……


 「モイは生きなきゃだめだ」


 血を吐かないように抑え気味にしていたエイガの語気が急に強くなりモイは心の声をピタリと止めた。

 エイガはふと空を見上げた。今日は晴天だった、満点に輝く星と満月を見上げながらエイガは目をつぶって呟き続ける。

 

「ノーマンさんが死んだんならさ、誰かが継がなきゃ。緑の塔もノーマンさんがいないときっと回らない」


 何を言っているんだこんな時にこの男は。モイはエイガの正気を疑ったが、エイガは黙らない。


「俺奴隷って言われて最初はなんだよそれって思ったけどさ、でもこの国にも確かにいい人はいたんだよな。ノーマンさんとか、オーリアさんとか、街のおばちゃんとかさ」


 痛みが強くなってきたのかエイガの顔が苦痛に歪んでくる。しかしそれをはぐらかすように笑いながらエイガは話し続けた。

 モイはさっきからエイガが何を言いたいのかわからなかった。しかし胸ぐらをどれだけ締め上げてもエイガの言葉はなお止まらない。まるで遺言を残すような、そんな勢いだった。


「そんな人たちがさ、ノーマンさん失って泣くのは俺見たくないんだ。緑の塔はきっとけが人を殴っても大丈夫な場所になるし、この街の人も魔族に襲われたら助からない。そんな未来嫌なんだよ、俺が死んでも嫌だ。だから誰かが継がなきゃ、俺たちノーマンさんの弟子なんだから」


 モイはそれを聞いてふと胸倉を掴んでいた手の力が緩む。エイガをどれだけ見つめてもいつものように目の前のことから逃げるように目を泳がせない。はぐらかそうとしない。その異常性がモイの胸へさらに不安をけしかけた。


 ――なんで私がそんなこと……ノーマンさんの代わりなんてできるわけ


 瞑っていた瞼を開き、エイガはそんなモイの顔を見ながらゆっくりと、モイに刻みつけるように口を開いた。

 

 「お願いだモイ、ノーマンさんの代わりにこの国を助けてやってくれ。それで無事日本に帰れたらさ――家族に帰れなくてごめんって伝えてくれよ」


 その言葉にモイは息を止めてしまった。エイガは眉を下げながらそっとモイの手に自分の手を重ねると、優しくその指を振りほどき、秋山の方へとおぼつかない足で歩いていく。

 そしてエイガはモイとすれ違いざまにそっと耳にささやいた。

 

「洗脳なんかもしないでいい。モイはモイのままでモイの信じる未来を目指して。俺はさ大丈夫だから」


 モイがその言葉にハッとして振り返ればふとエイガと目があった。エイガは目をそらさず無理したように笑う。見ているだけで痛々しくなるようなそんな笑顔だった。

 モイが息を呑んだ。エイガの笑顔と古い友との姿が重なる。モイはこの顔に見覚えがあった。


――あぁこいつもあの子も全然上手に笑えてない


 エイガが秋山の方へと顔を向けようとした瞬間、モイはエイガの腕を勢いよく掴んだ。そしてモイの方に振り向かせられるとエイガは茫然とする。エイガがモイを見つめる間もなく、次の瞬間パンと乾いた音がその場に響き渡った。


 「え?」


 エイガは呆気にとられながら自分の頬に手をあてた。頬が熱くなりじわじわと痛くなる。


「なんで、モイ」


 エイガの視線の先にはしびれているのか手のひらを庇いながらこちらを見つめているモイがいた。目に涙をため込み、今にも泣きだしそうな顔をしながらも、その視線はまっすぐエイガを睨みつけていたのだった。そして口が縦に開かれた。

 

「そんな顔して大丈夫なんて馬鹿じゃないの!」

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