第8話 途方
「俺、本当にどうしてこう、もっと気を回せねぇんだろ」
エイガがそうため息をついて、うずくまっていたのはある住宅街の路地。窓から光が漏れ出しているのを見つめながら、エイガはハァとため息をついて己の愚かさを呪うように顔を足に埋めた。
ここはノーマンの家の横にある路地である。なぜエイガがこんなところにいるかというと話は数時間前に遡る。
少しノーマンから離れてついて行っていたエイガだったが、いつ近づくべきかとタイミングを見計らっているうちにノーマンが家に入ってしまい、一緒に入れなかったのである。その結果扉の前までは行ったもののドアノブをひねっていいのかどうか分からず、今に至る。
「俺、やっぱりノーマンさんに嫌われちまったのかなぁ」
そうぼやいているとふと足音が聞こえた。そちらを振り返ると、黒い影が一つ、柱越しにこちらを見ている。
「ひっ」
エイガが悲鳴を小さく上げると、その影がゆっくりと柱から出てきた。黒い影の正体は制服姿の栗原だった。無表情の栗原がまるで亡霊みたいな姿勢で立っている。
「……」
栗原は表情が変わらないから何を考えているかわからない。だが、なんとなく悲鳴を上げてしまったことが申し訳なくてエイガは顔をそらした。
しばらく2人の間に沈黙。すると急に栗原が無言でエイガの腕を引っ張ってきた。
「え、ちょ」
「……」
無言でただただ引っ張ってくる。
「待って、待って栗原さん」
エイガが静止すると栗原は引っ張るのをやめたが、しばらく静止したあと、今度はエイガの横にストンと座り込んだ。
「えぇ……」
本当に何を考えているのかわからない。栗原はそこにあった枝を拾うと地面に何かを書き付け出す。
――入らないの?
「あ」
初めて栗原さんと会話するかも。てか、栗原さんって会話するって意思はあったんだ……。中々に失礼なことを考えながらエイガはしどろもどろ気味になりながら口を開く。
「え、いや……だって入れる雰囲気じゃなかったし……」
動揺を悟られないように顔を保ちながらエイガは返事を返した。すると栗原はそれを手で消して、また何かを書き付けだす。
――風邪引くよ?
心配してくれてるんだよな??……あの栗原さんが?
「大丈夫だよ、馬鹿は風邪引かないし」
すると栗原さんの眉間の皺が少し寄った。初めて表情が変わったのを見たかもしれない。
――馬鹿が風邪引かないって風邪引いてることに気が付かないからって意味、だからエイガくんも風邪ひく。
「え、そうなの?」
初めて知った。てかくん呼びなんだ。てっきり名字呼びだと。するとまた栗原はグッとエイガの制服を掴むとツンツンとドアのほうを指さす。
「いや、でも俺ノーマンさん怒らせちゃったし」
エイガはまるで腰が地面についたかのようにその場から動かなかった。
「……」
モイはまた何かを地面に書きつけだした。
今度はなんだろう。
書き終わったようなので文に目を移すと、そこに並んだ文面にエイガは思わず面食らった。
――バカなの?エイガくん
「え」
キャラ変わった??
エイガが栗原の態度の変わりように狼狽していると、今度はさっきの倍のスピードで乱雑に地面に文字を書き付けていく栗原。
――怒らせたと思って取る行動がなんで外での座り込みなの?迎えに来てくれるとでも?
「い、いや、えっと」
ごもっともな言葉がエイガの頭を打つ。ザッとまた地面の文字を消して、栗原は書き続ける。
――甘えてる、私たちもうノーマンさんしか頼る人がいないのに。普通土下座してでも謝るべきでしょう。
「うぐぅ」
ぐぅの音も出たが出ない。確かにそうだ、こんなところでウジウジしてるぐらいならちゃんともう一回謝れば良かったのだ。エイガがショモショモとまるで風船が萎んだような顔をしだしたので栗原はハァとため息をついた。
そして今度はゆっくりと文字を書き付ける。
――ただ良かったね、ノーマンさん想像以上にいい人
すると栗原はポケットから何か取り出した。
紙袋?
少し怯えながらおもむろにそれを受け取り、開けてみる。その中には小ぶりなサンドイッチが入っていた。
――ノーマンさんから
そう栗原は書き付けた。
「これ、俺にノーマンさんが作ってくれたのか?」
ぐーっと腹が鳴った。そういえばこの世界に来てから何も食べていなかった。そっとサンドイッチを掴み、袋から取り出す。
ちらりと栗原を見ると、ただじっとエイガを見ているだけで止める様子もないので、そのまま口に運んだ。
固くてボソボソしたパンの間に、萎びた野菜と少し乾燥したハムが挟まっている。おそらく日本だったら不味くて二度と食べたくないと思うようなサンドイッチだった。
噛めば噛むほど口の中の水分が持っていかれて、ただでさえ飲み物もまともに飲んでいないのに、口の中がカラカラになり半ば無理矢理喉へと押し込んだ。
でも――
ポツリ
床に雨が降ったようなシミが一つできた。
栗原が顔を上げると、そこには涙を目にいっぱいためながら、ボロボロと泣いているエイガがいた。栗原はエイガが泣き出したので目を見開き、困惑したように枝を手に取る。枝を地面につきたてたところでエイガがふとつぶやいた。
「今まで食べたサンドイッチの中で一番おいしいや……」
ズビッと鼻を啜りながら、またエイガはそのサンドイッチを口に運ぶ。
先程まで狼狽えていた栗原もそのエイガの言葉を聞いてしばらく呆然としていたがフッと笑い、そんなエイガを横で見つめていた。
ふとまた、柱に大きな影が現れる。
「お前ら、そろそろ家に入れ」
そう声が聞こえ、2人が顔をあげるとそこにはランタンを持ち、2人を見下ろすノーマンがいた。
「ノーマンさん!」
エイガは転びそうになりながらも慌てて立ち上がり、ノーマンの前へと立つ
「ん?お前泣いてたのか?」
ノーマンがキョトンとした顔でエイガの顔を覗き込む。
ノーマンが怒っている様子はなかった。表情がコロコロ変わるわけではないが、栗原と違ってその表情にはどこか温かみがある。きっとこのまま済ませても何事もない、でも言わなくては。
エイガは意を決して口を開いた。




