第88話 詰み
「もう君たちは詰んでいる、それなら一人でも生き残る方がよくない?頭のいい栗原さんなら分かるよね?」
追いつめるような口ぶりで秋山が栗原に手を差し出す。モイは少し考え込むように目を泳がせた後、おずおずとエイガを庇うように前に出た。
「へぇ、なんでそんなに庇うの?エイガくんに惚れでもしたの?」
モイは頬を赤らめることもなく首を振る。
「じゃあなんで庇うの?その後ろの馬鹿が死んだら次は君が生贄にされるよ」
まるで脅すように先ほどモイたちの体をすり抜けた光剣が秋山の後ろに現れる。
ビリビリとしびれる様に感じる、先ほどとは比べ物にならない殺気。おそらくあの剣はフェイクではない、とモイは感じ取った。ゴクリと唾を飲み込みながら遠くに落ちていた杖を呼び寄せ、それを掴む。
「大体ノーマン?だっけ。僕たちは奴隷なのに奴隷を死なせたくないからって助けに来るってバカみたいなことするよね、弱いくせに」
秋山の言葉にモイは怪訝そうな顔して首を傾げた。
「あれ、知らなかったの?この国で僕らの扱いは奴隷、許されてることと言ったら戦うか、生贄にされるか。ここはそういう世界なんだよ。僕らの人権なんてないんだ」
モイはそれが本当の話なのかと確かめる様にエイガの顔を見た。
エイガが驚いている様子がない、きっとこの前にも聞いていたんだろう。
――奴隷?私たちが?
モイは信じられないといった具合に頭をぐしゃっと掴んだ。でも確かに考えられないことではない。日本の物語では異世界からの訪問者は勇者やらなんやら言われて救世主として語られていたが、現実的に考えれば扱いは傭兵に近い。異世界という見ず知らずのところに攫われてきた子供兵――そう考えるとモイの頭が嫌な方向に合点する。
「あぁそうだ、アレーシア様に君たちのことを洗脳してくれるように頼もうか?こんな世界なら君たちみたいな戦えない奴隷は洗脳されるほうがいいと僕は思うよ」
「せ、洗脳?」
顔色が青を通り越し、白に近づいてきたエイガがそう言って少し体を起こした。
「そうさ洗脳。僕もそうだけどクラスメイトの半分くらいはアレーシア様に洗脳を自ら志願してるんだ」
「自分から……進んで?」
耳を疑うような言葉にエイガとモイは息を呑む。
今まで淡々と話していた秋山の息はその言葉を皮切りに荒くなり、苦しそうに頭を抱えながら口調にも熱が入り始めた。
「君たち、まだ戦場に出たことがないんだってね。君たちにわかるかい?目の前で人が人形みたいに砕け散って、足元に半分脳みそが見えた首が転がってくるなんて――」
悶える様に頭をふらふらと揺らす秋山。その姿は先ほどの落ち着いて淡々と話していた姿とは打って変わり、取り乱して余裕がないようにエイガには見えた。モイと目を見合わせれば、モイも同じことを考えているようだった。
「なぁ委員長……」
エイガが震える手を伸ばし、そう声をかければ秋山はピタリとその動きを止めた。糸を失った操り人形のようにカクっと頭を項垂れさせると、しばらくして何事もなかったかのように顔をあげた。
「あぁごめん、僕としたことが取り乱したね。んでどうするの栗原さん? 洗脳される? それともここで仲良くエイガ君と一緒に殺される?」
「委員長……」
「あ……」
エイガがぽつりとそう呟いた隣で、モイがためらうように小さく声を漏らした。確かに秋山の話にも一理あるとモイには思えてしまったのだ。
確かに言葉だけを切り抜いたなら洗脳は自分たちにとって都合の悪いものだ。しかし状況が状況である。
ノーマンを失い、自分の身分が本当に奴隷なら生きていく術などこの国にないはず。ここで逃げおおせたとしてもエイガは自分のせいで死んでしまうし、行く当てもない。
モイの思考を不安が黒く塗りつぶしていく。
あぁまずい、このままだと未来の重圧に押しつぶされる。何も考えたくない。
壊れる……壊れたくない。
――確かに洗脳されたほうがいいのかもしれない。
そんな言葉が頭をよぎった瞬間、その黒く塗りつぶしたモイの思考を切り裂くような声がその場に響いた。




