第86話 ハイタッチ
「モイ、そっち――ハァハァ」
エイガが肩で息をしながらモイが出た廊下の方向を指差す。モイは頷いて辺りを警戒しながらエイガを階段の上で待っている。
「ごめんモイ、俺体力なくて」
モイが首を振る。
――多分ずっと水に晒されてたから低体温症になりかけ
そう黒板を見せてモイがエイガの手を取り階段の上へと引っ張った。なんとか階段の上に登るとエイガはぺたりと床に倒れる。モイはエイガを少しでも温めようとローブを被せ、エイガの手をゴシゴシと擦る。触れたモイの手はカイロのように温かった。
「モイの手あったけぇ、ホッとする」
エイガがそう言ってモイの手を緩く握った。その言葉にハッとしてモイはエイガの手を離し、髪につけられていた花形の髪飾りに触れた。
「どうしたのそれ」
見たことのない髪飾りだ。エイガがそう聞くもモイは説明せずカチャカチャとその髪飾りを外そうと苦戦している。
ふとモイの目に入ったのは廊下で倒れている衛兵。ノーマンさんが眠らせたと言っていた通り冷たい床で気持ちよさそうに眠り込んでいる。モイはその衛兵に近づき、懐から短剣を取り出すと髪飾りごと前髪を切ってしまった。
「えぇ!?ちょっとモイ何やってんの!?」
エイガが慌ててモイに駆け寄るが、モイは短剣を横においてその髪飾りを慣れない手つきで開け、挟まった自分の髪の毛を取る。そしてエイガに視線を向け、髪飾りを持ったままこちらに近づいてきた。
「え、それ俺につけろって?」
モイはコクンと頷き、黙ったままエイガにじりじりと近寄ってくる。どう見ても女物の髪飾り、つけるのは恥ずかしいが――。
エイガは黙って頭を差し出した。モイはエイガの行動に少し大きく目を見開きながらも、もたつきながら頭に髪飾りをパチンと止めた。エイガの頭になんとも似合わない髪飾り、エイガは頬を少し赤くしながら目を逸らした。
なんで何も言わないんだろう。モイはふとそう聞きたいと思ったが、今そんなことを黒板に書いている時間はない。さっさと脱出するのが先決だ。ふとエイガがモイの反応を伺うようにチラリとモイの方を見た。
「だってモイがつけろって言うことは俺に必要ってことだろ、モイはこんなところでふざけるような奴じゃないし。実際あったかいし」
モイはその言葉に目を剥いた。今モイは黒板を書いたわけではない。なのにどうして自分の言いたいことが分かったのか。
「え、だってモイ書いてるじゃん――って書いてない!?」
エイガも無意識だったようで、モイの手元を改めて見て目を剥いていた。
「俺、もしかしてテレパシー使えるようになったのか?」
そう言ってモイの顔を凝視し、目を細めながら迫ってくる顔をモイはグイッと押し返した。
――それより脱出
モイは試しにそう頭に浮かべてみる。
「だな、すげぇなんかわかんないけどモイの言いたいことが顔を見れば大体わかる」
そう言って嬉しそうに笑うエイガにモイは動揺を隠しきれなかった。モイは自分の顔が人よりも感情表現が乏しく、薄いことは自覚している。しかしその顔から感情を読み取れるなんて可能なことなのだろうか。
「行こう、モイ。モイがくれた髪飾りのお陰で体がさっきより動く!」
そう言われモイは考えていた疑問を一旦頭の奥へと押しやった。エイガに置いていかれないよう同じように走り出す。
時々迷いながらも上空から見たモイの記憶とエイガの情報を照らし合わせながら着実に出口へと近づいていく。そしてエイガが捕まる前に見たあの正門が遠くに見えてきた。
「見えた!あれ出口だよ!俺見たもん」
モイもコクリと頷く。エイガが何故か手の平をこちらに向けてきた。モイが首を傾げているとエイガがあれっと言った顔をする。
「ハイタッチだよ、やったことないことないだろ?」
ない、とモイの顔が語っていた。
「え、えーっとほら手をこうやってお互いに叩くんだよ」
――流石にどういう行為なのかは知ってる
「あ、なんだ。じゃあやろう」
そう言ってエイガがニシシと笑いながらもう一度手をかざしてくる。モイはおぼつかない手つきで軽くエイガの手を叩いてみる。
パチっと軽い音が鳴った。
「やったぁ!俺たち四天王から逃げたんだ!すっげぇ!」
そう言ってエイガが目の前ではしゃぐ。一番この中で怖い思いをしたというのに当の本人が明るいのだ。心配は無駄だったかもしれないとモイは苦笑をしながら、早く行こうと出口を指差す。
「これからはやろうぜ、俺ハイタッチ大好きなんだ」
――それはわかんない
「えーなんで」
エイガとモイがそう言い合いながら入り口へと走っていこうとした瞬間だった。
「それは頂けないかな、エイガくん、栗原さん」
「あ……」
その声の主をみた瞬間エイガの顔色がすぐに悪くなった。何事かとモイが目を凝らすとそこには不敵な笑みを浮かべた委員長が入り口前の茂みから姿を現していたのだった。




