第80話 死の予感
「ん……」
エイガが目を覚ますと天蓋窓から覗く月がこちらを覗き込んでいる。大理石の床の上を水が流れていき、ざーっと大きな水音を立てていた。水は絶えず静かに流れており、エイガの背中を通って流れていった。
体は冷たい。
「え、さむぅ」
エイガはブルリと体を震わせた。
体を起こそうとしてもなぜか床に引き戻される。頭をぐるっと横に向け腕を見るとそこには銀色の錠がつけられていた。
「お、俺何してたんだっけ――あ!」
自分がここにいる経緯を思い出しエイガはハッとした。
「え?俺あんな状況で寝たの?馬鹿なの?あぁ馬鹿か」
エイガの手足には錠がかけられており、床に張り付けの状態だった。
一人突っ込みをしているとハッハッともう聞きなれてきた笑い声が塔に響く。
「やっぱり起きたね〜生贄くん」
後ろから声が聞こえてエイガが睨みながら顔だけを向ける。
そこには相変わらずペテン師のような笑顔のアレーシアと無言のリアムがいた。
「リアムさん、アレーシアさん」
アレーシアはそのままだが、リアムは最後の記憶と違い、黒いローブを纏い大きな鎌を抱えていた。
不健康そうな青白い顔も相まってその姿はまるで死神のようだ。
リアムは不機嫌そうにエイガを見ていたが、鎌を引きずりながらこちらに歩いてくる。
「まさかまた僕の魔法をまたモロに食らったのに起きるなんて、中々だよ。君本当は紋章あったんじゃない?」
「え、え?」
「紋章は確実にないよ、おそらくただの特殊体質かな」
アレーシアがぴょんとエイガの横に飛び降り、エイガの頬をツンと指でつつく。
まるで子供が生き物の観察をするような目でアレーシアはグニグニとエイガの頬をあきずにつつく。
「まぁどうでもいいかな。どうせエイガくん、君もう逃げられないし」
そう言ってリアムは鎌をゴトリと鈍い音を立てながら床に置いた。しゃがんでアレーシアと同じようにエイガの顔を真上から見下ろす。
ピチャリと音を立ててリアムの着ているローブが水に浸った。
哀れむとも、嘲笑するでもない無表情でじっとエイガの顔を見つめている。
「君も不憫だよねぇ、紋章なしって言われてノーマンさんに拾われたと思ったらアレーシア様に目をつけられて。きっと来世はいい人生になるよ」
「私に目をつけられるってことは才能があるってことだよ?」
「リサイクルの素材としてでしょう」
「まぁそれも才能」
「え?え?ちょっと待ってくださいよ」
リアムが立ち上がると浸っていたローブが持ち上がり、ピチャ、ピチャと水滴を落とす。
その水滴には少しだけ赤が混じっていた。それを見たエイガはヒュッと喉を鳴らす。
――あれ多分血だ
アレーシアはニコニコと笑みを浮かべながら少し離れた場所に移動し、リアムはエイガを見下ろしたまま話し続ける。
「他の世界から連れてこられた君たちだけどさ、僕らはとんでもない犠牲を払って君たちを召喚したわけなんだよ。無駄にしていいものなんて1つもない」
スゥっと息を吸って心を落ち着けるようにゆっくりと息を吐くリアム。
「だからこれはリサイクル。君たちの成長を待てる余裕も、善意からくる慈悲も――僕らにはない」
そして置いていた鎌に手を伸ばし、ヨッと声を出しながらまた鎌を肩に担ぐ。
「僕はアレーシア様以上に魔族を殺す方法なんて思いつけなかったから、君を殺すよ。ごめんね、君のこと少しだけ憐れむよ」
そう言って鎌を構えだすリアム。その目はあの馬乗りになられた時と同じ狂気を宿しており、猫のように瞳孔は細くなっていた。
「え、待って、俺まだ死にたく――」
リアムは鎌を振りかぶった。
「さようなら、君の犠牲は忘れない」
そうして鎌は振り下ろされた。
今までのことが走馬灯のように流れる。
男勝りな父に、小柄ながらそんな父を尻にしいていた母、ずるいけど自分を大事にしてくれた兄たち。
そして――
――ごめんなさい、ノーマンさん。俺約束守れそうにないっす。
エイガはせめて痛みが少しでも和らぐようにとギュッと目をつぶったのだった。




