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第7話 運命

 城から二人が出ると外はいつのまにやらすっかり暗くなっていた。どうやら来るときに見た太陽は夕日だったらしい。


 他の生徒がそれぞれの育てが手配したであろう馬車に乗り込む中、ノーマンは賑やかな馬車乗り場をさっさと通り抜けていった。


「え、馬車待たなくていいんっすか?」


 エイガがそう聞けばノーマンははぁ?と返事をした。クマと切れ長の目のせいでその姿はもうチンピラそのものである。

 エイガがビクリと肩を震わせると、ノーマンは肩をすくめて見せる。


「俺は馬車が嫌いなんだよ、俺の家だ、俺の足で行く。お前ら若いんだからそれくらい歩けるだろ」


 あの、その家ってどのくらい歩くんすか?という疑問はなんとなく怒られる気がしたので、エイガは喉の奥に飲み込んだ。


 石畳はごつごつとしていて、地球のアスファルトよりも圧倒的に歩きづらい。気を抜けばこけてしまいそうだ。隣で歩いているモイはまっすぐノーマンの背中を見つめ後ろをただついていく。

 エイガはモイに話しかけようか、迷ったがやめた。荷車の時のように会話に困る未来が見えたからである。


べしっ!


 エイガが話しかけまいかと考えているとそんな音共にエイガの隣からモイが消えた。後ろを振り向くとモイがまた転んでいた。ノーマンも気づいたのか、立ち止まって後ろを振り向く。


「だ、大丈夫か?栗原さん⁉」


 エイガがそう言って助け起こせば、顔が苦痛で歪んでいてもいいとは思うのに、相変わらずの無表情だった。鼻をぶつけたのか少し赤くなっている。


「……」


 モイが立ち上がったまではいいものの、ぼろりと何かが顔からこぼれる。血だ。モイは鼻血を出していた。


「うわぁぁぁぁぁ栗原さん!血、鼻血出てる!」


 モイは鼻のあたりをさすって自分の血が指先につくとぁっと声にならない息を漏らした。


「俺、ティッシュとか持ってないけど、栗原さんは?」


「……」


 ふるふると首を振る栗原。しかし彼女は慌てるでもなくただきょとんとしたまま、目をぱちくりとさせている。痛くないのだろうか。


「いやいやいや、もうちょっと痛いとかあるでしょ」


 エイガの方がモイより慌てている。エイガの家庭は母親以外全員男の漢家系だ。こういうとき女性をどう扱えばいいかなんて見当もつかない。しかし慌てているエイガの横に黒いブーツが現れた。


「見せてみろ」


 そう言ってモイにノーマンが近づいてきた。


「……?」


「いいから見、せ、ろ!」


「!」


 そう言ってノーマンが両手でがっつりとモイの顔をホールドすると、じろじろとモイの顔を観察し始めた。モイは突然起きた現象についていけていないのか目を点にしている。


「ノ、ノーマンさん!女の子にそんな!」


「!!?!!」


 モイは思わずといった様子でノーマンの手を振り払おうとした。しかしノーマンの手はがっちりとモイの頭を掴んでおり、中々外れない。ノーマンは涙目になり始めたモイの頭をぐいぐいと色んな方向に傾げさせたあと、パッと手を離した。


 思わずノーマンから距離を取るモイ。その目はしばらく警戒の一色で染まっていたが、すぐに正気に戻った。


「……」


 必死に頭を下げて謝り始めるモイ。別にモイが謝る必要はないと思うのだが、とエイガは思ったが黙ってみている。


「骨が砕けてるとかはなさそうだな、治癒魔法1つで血は止まるだろう」


 魔法?

 エイガは聞き馴染みがありながらも、非現実めいたその言葉に首を傾げた。

 ノーマンはちょいちょいとモイに手招きをする。モイはためらっていたが、ゆっくりとノーマンに近づいていくと、ノーマンはどこからともなく背丈ほどあり、流木に似た大きな杖を取り出した。そして何かを唱え始める。


 杖が緑色に光り始めその光がモイを包む。光る蝶が周りを飛び回り、モイの鼻に止まった。するとさっきまでぽたぽたと出てきていた鼻血が止まったのだ。モイは突然感じていた痛みが消えてまたキョトンとしている。


「気をつけろよ」


「……」


 コクリとモイは頷く。エイガはというとノーマンの魔法を見てわぁっと声をあげていた。


「すっげぇ!ノーマンさんこれって何っすか?」


 するとノーマンは杖を肩に担ぎながら言った。長い棒とローブ姿のおじさん。中々絵になる姿である。


「初歩的な治癒魔法だ。お前たちの世界にはないのか?」


「俺たちの世界にはそもそも魔法なんてないんっすよ!この世界って魔法使えるのか!!すっげぇ!」


 先程の不安はどこへやら。エイガは興奮したようにノーマンの杖をキラキラとした目で見ている


「見せものじゃない、さっさと歩け、エイカ」


「エイガっすよ!ノーマンさん!それよりもっと魔法見たいっす!」


 エイガはまるで子供のようにノーマンに詰め寄る。ノーマンは面倒そうに目を横に流しながら手から杖を離し手をパンと叩くとその杖は消えてしまった。


「すっげぇ!杖が消えた!」


「おいモイ。他に痛むところは?」


「俺忘れられてんのに栗原さんは覚えてるんすか」


ノーマンはエイガを無視して、モイを見下ろす。


「……」


 フルフルと首を振るモイにノーマンはそうかと言って、踵を返した。しかしふと首だけエイガたちの方へと向けた。


「俺をそんなに見つめても杖は出さんぞ」


「なんでっすか!?」


 エイガは先程ノーマンが魔法を使った時から、ノーマンから目を離さずにいた。まるで恐竜でも見た子供のようにその目はいまだにキラキラと輝いている。


「もう1回見たいんすよ!!魔法なんて初めて見たんで!!」


 するとノーマンはハァと見せつけるようにまた大きなため息をついた。


「怪我人を治すのが俺の魔法だ。必要時以外に使ってたまるか」


「えーケチ――あ」


 思わず口にしてしまった言葉にエイガはハッとして口を押さえたが時はもうすでに遅し。ノーマンの顔色を伺うと明らかに不機嫌になっていた。


「あ、あのすみま――「子供のおもちゃじゃねぇんだよ、四天王の魔法は」」


 ノーマンのドスの聞いた声にエイガの喉がヒュッと鳴った。ノーマンはそう言い放つと踵を返して歩き出してしまう。エイガはやってしまったと思い、歩き出したノーマンを追いかけて謝った。


「す、すみませんノーマンさん!俺こういう時本当に礼儀なってなくて。調子乗ってすみません!」


 ノーマンはエイガには返事をせず黙ってそのまま歩いていく。


「俺、もしかしてやっちまった?」


 エイガの呼吸が浅くなる。もしかしたらせっかく手に入れた生き延びる道を自分で壊してしまったのかもしれない。エイガのノーマンを追いかける足が止まった。


 モイはエイガを一度だけ相変わらずあの無表情で一度振り返り、そのままノーマンの後ろについていく。

 時々モイが振り返っているが、ノーマンは一度も振り返らない。他に行く当てもない。拒否されたら困るのでついてきているか分かるか分からないかぐらいの距離を保ってエイガはノーマンのあとをついていった。


 石畳は相変わらず歩きづらく、それでいて走れば足を取られてしまうような気がした。しかしそれでも走ってしまうエイガだった。

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