第79話 人間の限界
「アル、ユエ、ドルドーナ、ズイヴァラ――」
ノーマンが詠唱をしていくとノーマンの周りに大きな魔法陣が形成され始める。その魔法陣は街を覆っていき、段々とその魔法陣の中に細かい模様が描き込まれていく。金色の蝶が魔法陣から羽化するように現れ、街中に金色の鱗粉をまき散らしながら羽ばたいていく。
「うそでしょ、ノーマン様。それわたくしの得意分野」
ヴァルカンがそう言って悔しさ半分、感嘆半分といった笑顔でダバーっと泣き出す。
モイはその垂れてくる涙を避けながら、くいッと自分を持ち上げているヴァルカンの袖を引いて黒板を見せる。
――何が起きてるんですか
ヴァルカンに抱えられていることも忘れて、モイは目の前で起きていることの説明を求めた。
「なんとご説明しましょう?やっていることは探索魔術なのですがノーマン様のお使いになっている魔術は桁が違いますのでこれを探索魔術と一緒にしていいのかどうか……」
モゴモゴと話すヴァルカンの言葉でその凄さがわかるわけもなく、モイが首を傾げるとブワリと大きな風が吹いた。目も開けられず思わずふらついてしまいそうなその強風に周りの家屋は大きく軋んみ、ノーマンを中心に台風のような風が渦を巻く。
ヴァルカンは顔にかかった髪をふるりと首を揺らして払いのけるとハハッと乾いた笑いを漏らした。
「やはり異次元ですね、四天王様の力は」
モイがなんとかノーマンを見ると、地面に張った大きな魔法陣の他に4つほどの魔法陣がノーマンを取り囲んでいた。
「魔術は魔力によって型を作り、属性魔法を組み合わせ本来魔法では成せないことを成すものというのはご存知ですね?」
ヴァルカンがそう聞いてきたのでモイはコクリと頷いた。
「当たり前ですが魔術の規模が大きくなるとそれを型どる魔力も大きくなります。今回は国全体なのでいくら魔法効率をあげても魔術師の一生で使う魔力の10分の1ほどの魔力がいりますので、型を作るだけでも現実離れしているのですが―」
そこでヴァルカンはさらに追加で魔法陣を2つほど展開しているノーマンをチラリと見た。
「型を作る上で必要になる制御魔術式をこの国の範囲に合わせてすべて割り出し、型の安定化を促したあと、そこに属性魔法を注いで満たして、発動までしなくてはいけませんので――うっ」
風がまた一段と強くなりヴァルカンが目を半開きにした。途中までだったが、モイはその情報だけでも今目の前で起きていることを理解するには十分すぎた。
――それって
モイがそう書きかけるとヴァルカンがその手にそっと自分の手を重ねて止めた。
「えぇ、人間の為せる領域をとうに超えております」
その言葉を裏付けるかのようにガタンと音を立てながら空からレンガが振ってきた。
先程からレンガが飛ぶような風に身体が持っていかれそうになるのを、なんとかヴァルカンに抑えてもらっている状態だ。ヴァルカンはこんなに細いのに、風の中で堂々と仁王立ちをしている。
強い風が吹いてモイの手の中にあった黒板が吹き飛ばされそうになった。
「あっ」
掠れた声を出しながら慌てて掴もうとするが、その手は空を切る。
あぁまずい、あれがないと喋れない。モイが焦りながら手を伸ばした先に黒い袖の腕が伸びてきた。
「あぁ、モイ様!いけません黒板なんて飛んで行っちゃいますよ!」
そう言って黒板を掴み、モイに差し出すヴァルカン。あの速度で飛んでいきそうになった黒板を掴むのが圧巻すぎてモイは目をパチクリと瞬きする。
「モイ様はこんなにお軽いんですから、私の腕から外に手を出しては行けませんよ」
そう子供をたしなめるように言うヴァルカンの後ろからレンガが飛んできているのが見えた。
「あっ」
モイは危ないと出ない声を出そうとしたが、やはり声はでない。あと数センチでヴァルカンにぶつかりそうになり、モイはとにかく必死に後ろを指さす。
「私流石にモイ様を抱えたまま飛び上がったモイ様の大事な黒板は拾えませんので、情けないです」
ヴァルカンはそうモイに言いながら片手間で飛んできたレンガをコバエのようにはたき落とす。目の前のあまりにあっけない光景ににモイは夢でも見ているのかと目を点にして硬直した。
「私一番弟子の中では一番弱いですから」
そう言うヴァルカンの腕の隙間から足元の地面に大きくめり込んだレンガが見えた。
思わずどこが?と突っ込みたくなったがモイは口をつぐんだ。風が強い、ペチペチと頬を叩く砂が痛いのに口を開けるなんて自殺行為だ。こんな中で喋らせていたのだからヴァルカンには申し訳ないことをしたなとモイは今更ながら思った。
――これ大丈夫なんですか?
モイは受け取った黒板を今度はしっかりと握ってヴァルカンに見せた。
災害級の光景でレンガが飛んでくる場所だ。ここに一般人が通ればひとたまりもない。
「この風はノーマン様に蝶の幻精霊様から送られた魔力の圧縮波です。近づきすぎなければ私たちが巻き込まれることはございませんのでご安心を」
そうじゃない!とモイは心で叫ぶ。少なくとも飛んできたレンガをはたき落とす人間を心配することほど今の状況で無駄なことはない。
ビュンと耳元で風が鳴る。
モイは眩く光る魔法陣の中心にいるノーマンへ顔を向けた。
エイガが興奮気味にかっこいいかっこいいと言っていたノーマンの魔法。
あの時は、大げさなとエイガを冷ややかな目で見ていたものだが――。
モイは改めてノーマンを見る。
その疾風の中で呪文を唱えるノーマンの目から金色の光があふれ出ている。風で前髪が後ろにいき、きらりと耳につけたイヤーカフと通信ピアスが光った。
そんな強風の真ん中に立っていながら、ノーマンの顔はゆがみもせず、ただ淡々と呪文を唱えている。
あぁ確かに――。
「――イユ、ドウ、アヴァラ、エイガ!」
ノーマンが詠唱を言い終わると共に宙に浮かんでいた杖を掴み、横に薙ぎ払ったかと思うと、杖を地面に勢いよくコンとつく。
するとピタリと風が止み、蝶たちがノーマンたちの前に大きな線を形成した。
「モイ、行くぞ!」
それをノーマンは追いかけ始めた。
モイの体はふわりとヴァルカンの手から浮くと、ノーマンの後ろにスッと引っ張られるように運ばれる。
ヴァルカンは突然浮いて、飛んでいったモイを呆然と見つめていたが、ハッとする。
「あ、え、あ!モイ様連れて行くんですか!? え!? え!?」
そうヴァルカンが叫んでいる姿はすぐ見えなくなる。
何かの魔法だろうか、人が出せる速度じゃない。
――この先にエイガくんがいるんですか?
モイが後ろからそう黒板を見せればノーマンの横を飛んでいたブルムがその黒板を回収してノーマンに見せてくれる。
「あぁそうだ!エイガの痕跡を全て魔術式に組み込んだ!空気に含まれている水蒸気、落ちている髪の毛、滴った汗、指紋全てを!それらを全て感知して一番新しい記録を追わせている!」
モイはその説明を聞いてふと思った。それって中々やばい魔法なのでは?
しかし実際これのおかげでエイガ探しが成り立っているのも事実なのでモイは口をつぐんだ。
郷に行っては郷に従えである。
アレーシアに一番最初に教えられた言葉を胸に刻んでモイはそのまま運ばれていった。




