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第78話 好機

 モイが考え込んでいる間ヴァルカンが落ち着きなくあっちこっちと歩き回りながらアワアワと慌てだしていた。


「ど、どうしましょう!幼いひな鳥が、アレーシア様の魔の手に⁉あぁど、どうしましょう。わたくしになにかできることは――」


「ヴァルカン落ち着け、お前が暴れ出すと逆にうるさい」


「あぁ、失礼しました」


 しゅんと肩を落とすヴァルカンを放って、ノーマンは考え込む。


――どうする、エイガの居場所はわからんしアレーシアがまさかこんな時なんの対策もせずに屋敷を開け放っているとは思えん。袋のねずみにされるのがオチだ。


 詰んでいる、ノーマンは長年の経験からそう思った。

 あの残虐な女のことだ、このままではエイガは確実に殺されるか、それよりひどい目に合う。


「どうしたもんか……」


 エイガのことを見つけることはできないわけではない、ただ最近アレーシアと事を構えていないのもあり、アレーシアの実力が正確に分からないのが問題だった。

 単体なら、探索はもちろんアレーシアとの決闘も負ける気はしない。

 しかし探知魔術で魔力を消費してエイガを見つけて、かつアレーシアに勝てるだけの魔力が残るとは限らないというのが大きな障壁だった。


「ヴァルカン、お前探知魔術使えなかったよな」


ノーマンがそうヴァルカンに聞けば申し訳なさそうにヴァルカンは眉を下げる


「えぇ、すみません。魔法陣を描くことならできるのですが、何分魔力が少なく」


 「そうだよな」


 ヴァルカンはブリキの一番弟子だ。魔法を期待するのはお門違いというのもわかってはいるが聞かずには居られなかった。

 一か八かやってみるしか……

 そう考えているとクイッとノーマンの裾が引っ張られる。そこで思考が止まり、ノーマンが顔をあげると服の裾を震える手で掴みながらもこちらをまっすぐと見つめているモイがいた。


――私が探索魔術を使います


 その文字を読むとノーマンは首を傾げる。


 「は?お前にまだ探索魔術は教えてないだろう」


――虚無魔法と水魔法の複合応用ですよね。本で読みました。実践もしてます。


 ノーマンは目を丸くした。本で読んでも魔術というものはその概念を理解するのに時間がかかるものだ。だからノーマンもモイに属性魔法を教えはするものの魔術はもっとあとから教えるつもりだった。それを独学でやったというのは並大抵のことではないのである。


――このままだとエイガ死んじゃうんですよね。


 モイがそう黒板を見せればノーマンは真剣な顔になって頷く。


「そうだ……がお前は無理だ」


 食い下がるようにモイが一歩前へと踏み出せばそれをノーマンは手で制す。


「アレーシアの屋敷は魔道具の影響で移動する。この帝国一帯に探知魔法使わんと見つからないんだぞ。お前の魔力が多いとは言っても流石にお前の魔力効率だとどれだけ精度を落としても無理だ」


 このあたり一帯という言葉にモイは目を見開いた。

 モイは悔しげに歯を食いしばる。

 

 このままだとエイガが死んでしまう、そう考えるとさっきと同じように胸がキュッと窮屈になった。


――あぁやっとわかった。


 モイはこの一ヶ月エイガとほとんどの時間を一緒に過ごした。自分のことをいじめられる哀れな人間と見ていたことや、馬鹿騒ぎするだけのアホという一面だけで全部知ったつもりになっていた。

 モイが黒板に手を滑らせる。

 

 ――私はエイガが嫌いです


 ふとモイがそんなことを書いた。


「はぁ?なんで今そんなことを」


ノーマンがそう眉を顰めるが、モイは黒板を消してさらに書き込んでいく。


――でも


 そこまで書いてモイは早口に言うように言葉を綴った。


――彼は、エイガはこんなところで死ぬべきじゃないんです。


 エイガは嫌になるほど善人だった。どれだけ出来損ないでもどれだけ情けなくても、彼は愛されるべくして愛された人間だった。そういうモイもエイガのことをいつの間にか人として好きになっていたなんて、自分でも気づいていなかったのだ。


 正直になろう、確かに私はエイガに救われていた。愛される資格のない自分と比べて何もしないで愛される彼が大嫌いだったのだ。


 叩いてしまったあの日、こんな性格の悪い人間なんて見捨てて悪役にでも仕立てれば良かったのにそれでも彼はそんな自分を愛そうと言い、友達と呼んだ。


 それにこっそり救われていたなんて虫が良くて、”あの子”に申し訳なくて、そんな資格はないから認めたくなかった。


 書きつけている黒板に水滴が跡をつけた。モイの目からはポロポロと涙が溢れる。

 

――お願いノーマンさん、エイガを助けて


 そうモイは黒板を見せながらボロボロと泣いた。


「手はないことはないんだが……」


 やるしかないか――ノーマンが杖を構えた矢先ふと雪が積もるような音が聞こえた。


 ブルムがキラキラと羽を動かし音を立てたのである。


「ブルム……いいのか?」


 ノーマンが確認を取るようにそう聞けばブルムが頷くように羽を動かす。


「お前どうして――いいや、今はいい。ブルム俺に力を貸してくれ」


 そうノーマンがいうとブルムは飛び立つ。

 月を背にしたブルムがノーマンを見下ろすと、ヴァルカンが慌ててモイをノーマンから引き離し、ある程度離れた場所へと抱えて飛ぶ。


 ――なにを!


 モイが黒板を見せると、委縮するヴァルカン。


「す、すみません。ただおそらくあの場所にいるとモイ様は吹き飛ばされますので」

 

 訝し気にヴァルカンを見るモイに小さくなりながらヴァルカンはノーマンたちのいる方向へと目をやる。

 モイもつられてみると、ノーマンはいつのまにやら杖を出しており、それをブルムに向ける。


「魔方陣を省略するからな、かなり綿密に組まんと失敗するからちょっと待っててくれ」


「え゛」


 ヴァルカンが衝撃を受けたように濁点のきれいについた”え”を出す。


「行くぞ!」


 そう言ってノーマンが目を閉じた。



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