第77話 喧嘩の翌日
喧嘩をした次の日の朝、モイは自分の部屋でドアの前に立ち尽くしていた。
――どうしよう、すごく気まずい
ドアの前に行っては戻りを繰り返し、かれこれ5分ほどたった。(時計はないが)
昨日あんな形で怒ってしまい、謝罪をしたとはいえ気まずさが残らないわけがない。エイガくんはどんな顔をするんだろうか。腫れ物を扱うような目で見られるのか、それとも案外気にせず明るく声をかけてくるのか。
エイガがどんな人間か理解したつもりだったのにエイガのするであろう行動がわからなかった。馬鹿でお調子者でこちらのことなどきっと目にも入れていない。それがモイの学校でのエイガへのイメージだった。
「モイーそろそろ起きろー」
ノーマンの呼ぶ声がドア越しに聞こえた。ギクッと跳ねた肩を落ち着けて、扉の前でしばらく待ってから、ドアノブを回した。ずっとドアの前で立ち尽くしていたということを悟られぬようできるだけ眠そうな顔を作りながらゆっくりドアを開ける。
「おはよう、モイ」
ノーマンはいつも通り朝の読書をしていた。こちらには目をやらず、ページを繰りながら本を読みふけっている。これは黒板を書かなくてもよさそうだ。
モイはペコリと会釈をして、意識の渦中にあった彼を探した。その彼はキッチンの中にいた。モイが入ってきたことに気がついていたのか、彼の顔はどこか硬かった。
「お、おはよう……モ……イ」
やけに大声なのに、最後になるに連れて歯切れの悪い言葉だった。顔は引きつっているし、意味不明の身振りもどこか不自然で大げさ。
なるほど腫れ物みたいに扱う方だったか。
モイはそう自分の中で納得しながら、気まずさが残る部屋のどこに座ろうかと考えていた。
「あ、あのさ!」
エイガがそうモイに声をかけた。なんだというのだろう、腫れ物は触らないに限るのに。黒板を書くのも面倒だ、今持ってないし。
モイは代わりに首を傾げてみせた。
するとエイガはぎこちない笑みを浮かべる。
「今日の朝食俺が作ったんだ、ちょっとそこで待っててくれよ」
そう言って指をさされたのはキッチン前のカウンター。
嫌だの文字がモイの頭に即座に浮かんだ。しかし断る訳にはいかずコクンと頷いておずおずとカウンター前の椅子に座った。
「今日はさ、日本の朝ごはんっぽいもの作りたくて」
そう言って出してきたのは米の上に目玉焼きが乗った質素な朝ごはん。なんだこれ、これが日本の朝ごはん?
モイは訝しむような目でエイガを見れば、エイガの目は泳ぎだす。
「本当は卵かけご飯作りたかったんだけど、生の卵をかけるなんてお前死ぬ気かってノーマンさんに言われてさ」
「お前らの国の卵は知らんが、この国で卵を生で食って下手したら腹下して死ぬぞー」
そう呑気なノーマンの声が横から飛んでくる。あぁそういえば生卵食べられるのって日本の卵くらいだったなとふと思い出した。
「生卵がダメなら固めの目玉焼きならいいかなって、それを乗せてみたんだ」
まぁ作ってくれただけありがたく思うべきだろう。そう思いながらモイがフォークを手に取ればエイガがそれを止めた。
「待って、待って!醤油もあるんだ」
「?」
モイが首を傾げ、横に置かれたのは醤油よりも薄い色のなにか。またエイガを怪訝な顔をしながら見ればエイガは頬をかく。
「煮干しっぽいやつでだしを取って、それを塩と合わせて作ってみたんだ。見た目は似てないけど味は醤油なんだ!味見したから大丈夫だぞ!」
なんかすごい手間かかってる。何気なく言っているが、それ地味にすごくないか?
モイが料理できるといえばカップ麺くらいだ。普通に尊敬である。大事に食べなくては。
モイは今度こそフォークを手に取り、ご飯の上の目玉焼きをプスッと刺した。
「あれ、くずさないのか?」
モイは口を開いたところでエイガがそう言ってきた。
モイはいい加減食わせろと内心でおもいながらも、顔をあげる。
くずす?目玉焼きを?
「あ、ごめん余計なお世話だよな」
そういってエイガはキッチンで洗い物を再開した。
目玉焼きをくずす、確かに卵かけご飯にしたかったならくずすという行動は理にかなっているだろう。
醤油もこのままだと上手くかからなそうだし、ここはエイガの言うとおりに崩すのが筋だろう。
そう考えて、モイはぐちゃぐちゃと慣れない手つきで目玉焼きをつぶしていく。
するとエイガはふと顔をあげた。
「やっぱりモイって優しいよな」
そんなことを急にいってくるものだから、モイはもごもごと口を動かしたまま顔をあげた。
コイツ何言ってんだろ。
何を言いたいのか察したのか、エイガはハハッとごまかすように笑った。
「いや、なんだかんだ俺にあわせようとしてくれたんだろ?」
別にそういうわけじゃない。ただ試しにつぶしてみようと思っただけだ。エイガに悪いとかそういうことを考えたわけではない。
「俺さ、モイに許してって言ったけど無理して許さなくていいよ」
そう洗い物をしながら言ったエイガにモイは目を見開いた。




