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第74話 水の幻精霊

「は?そんなわけないだろ。俺の弟子がブリキのところまで送るって言ってたぞ」


 しかしそんなノーマンの言葉ですらさらに首を傾げるヴァルカン。その顔は心底わからないといった顔をしており嘘をついているようには見えなかった。


「はて?彼はアレーシア様の屋敷に帰っているはずですが……妙ですね」


 そう顎に手を添えながらトントンと頬を叩くヴァルカン。

 大嫌いな予想外の名前が出てきてノーマンの額にシワが寄る。


「アレーシア?ヒデキってやつはブリキの使いの途中で来たって言ってた――ちょっと待てよ、ブルム」


 ノーマンは何かを思い出したかのように少し焦った声でブルムを呼び出す。

 そんなノーマンの焦りに呼応してかいつもの数倍速く手の上に光の粒が集まってブルムが現れた。


「お前が最後にエイガを見たのはいつだ」


 するとキラキラと音がして、それを聞き終わったノーマンは目を見開いた。


「あいつ、やってくれたな」


 チッと舌打ちをし、ノーマンの顔がどんどん険しくなる。

 

「ノ、ノーマン様どうされたのですか?」


 ヴァルカンが戸惑いながら、そう聞けばノーマンは髪をかきあげた。


「うちの弟子がアレーシアの屋敷の近くで消息を絶った、おそらくブルムたちの話を聞く限り、そのヒデキって奴とリアムに連れていかれた」


 それを聞いた瞬間モイとヴァルカンの顔には緊張が走った。

 モイの顔色がどんどん悪くなる。

 あぁやっぱりあの時感じた違和感は本物だったのだ。

 しっかりとした委員長があんな間の空いた時間、注意力散漫なエイガはともかく、ノーマンの噂に気づかないわけがない。

 

 「な、なんと⁉でもアレーシア様信者のリアムさんはともかく、ヒデキはそんなことをするような子では……いやそういえば最近様子がおかしかったような」


 ヴァルカンは思い出すようにトントンと頬を叩いていた指のテンポを速くする。どうやら頬を指で叩くのはヴァルカンの考え込むときの癖らしい。


「そのヒデキって奴はずっとアレーシアのところにいたのか?」


 するとヴァルカンは考えがまとまらないうちに声をかけられたせいかおどおどと答える。

 

「え、えぇ。さすがにここは訓練も詰んでいない子供が入ると冗談抜きで死にますから」


ノーマンはまたチッと舌打ちをした。


「なんでアレーシアの屋敷になんて預けた!ここよりひどいぞあそこは!」


 怒気と焦燥の混じったノーマンのその声にまたヴァルカンが涙目になる。


「す、すみません。ここよりかはいいのではと思ったのと、アレーシア様がまさか子供に手を出すとは思えず」


「あいつは子供だって平気でやるぞ、あいつの幻精霊がが何か知らないのか!?」


「え?水の幻精霊ではないのですか?」


 ヴァルカンがそうポカンとした声でそう聞くのでノーマンも同じくキョトンとした顔をする。


「そうだったあいつの幻精霊がなんの幻精霊かわかるの、同じ幻精霊持ちだけだったな」


 ノーマンはその気づきで落ち着きを取り戻したのかふぅと息を吐く。

 ヴァルカンは落ち着いたノーマンにホッと胸を撫で下ろしていたがその一方でモイはまだ緊張を解けずにいた。ノーマンの顔は一見穏やかに見える表情だがしかしその目はどこか虚ろだ。何か事情があるというのは見て取るようにわかった。

 

 モイはこれからノーマンが何を言うのかと生唾を飲み込んだ。


「幻精霊と契約するには何らかの条件を達成しなくてはいけないというのはお前も知ってるよな」


「は、はい。私も一度幻精霊と契約しようとしていた時期がございますから粗方は」


 ヴァルカンが気を使ったような声色でそう答える。

 ノーマンは怒りを落ち着けようとしているのか俯いてまた息を吐く。しかし握りしめた拳がワナワナと震えており、尋常ではない怒りが二人に伝わってきた。


「いいか?あいつの幻精霊は”水子の幻精霊”。条件は――」




 口にするのもおぞましいのかノーマンはそこまで言うと呼吸を整えるようにまた息を吐いて吸った。

 そして悔しさと憎悪が入り混じったような声でその言葉の続きを口にした。



――自分の腹にいる生まれる直前の我が子を殺すことだ」



 掠れたその声でノーマンが呟いた瞬間、モイは驚きに目を見開きながら顔を覆い、ヴァルカンは信じられないといったような表情で息をのむ。

 そう言ったノーマンは俯いて拳を握りしめながら、憎しみの籠もった目で地べたを見つめていた。

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