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第70話 悪い予感

「エイガ、なんか遅いな。どんだけ話し込んでるんだか」


 キッチンに立っていたノーマンはフッと笑いながら鍋をかき回す。


「あんな嬉しそうなエイガ、初めて見たな。いつもあんな感じなのか?」


 ノーマンがそう聞けば、モイは読んでいた本から顔をあげる。

 モイはさらりと横に置いていた黒板を手に取ると、それに書き込んで掲げる。


――はい、委員長の前だと犬みたいになります。


「そうか」


 なんだか嬉しそうなノーマンを横目にまたモイは読書に戻る。

 

 モイは暖炉前のソファーに腰かけながら、本を読んでいる。

 あぁ穏やかな時間だ、いつものモイなら思うはずなのにどこか落ち着かない。

 根拠のない嫌な予感が心臓が打つたび強くなるせいで、文字の上を目が滑る。


 モイは意を決したように本をぱたんと勢いよく閉じると、立ち上がった。


「モイ、どうした」


 ノーマンがふと気づいてそう聞くと、モイはノーマンを振り返る。

 その顔は妙に目を見開き気味で口をひき結んでいる。

 今まで見たことのない、何とも言えない顔だ。

 モイ自身もこんな表情をするのは初めてだった。

 小さく掲げた黒板にはこう書いてあった。


――散歩、行ってきていいですか。


「散歩?だが、今の時間帯少し寒いぞ」


 するとモイはいつもより粗目の文字で黒板に書きこむ。


――大丈夫です、私暑がりなので


「だが、女一人で夜の街はさすがに危ない――」


――大丈夫です!私それなりに魔法使えるようになったので!


「お、おぅ……だけど魔法を使うのはやめとけ、普通に暴行罪だぞ」


 目をギンとさせながらそう黒板を見せてくるモイに、ノーマンは押されていた。


「さっきからどうしたモイ、なんか落ち着きがなくないか」


 モイはそう聞かれるとカチッと固まった。


「ん?どうした、急に黙って」


 ノーマンがそう聞いてくるが、モイはギギギと音が鳴りそうな首の動きで目をそらす。

 モイだって年頃の女性だ。

 本音ではエイガが心配だから、探しに行きたいと思っていても恥ずかしくて、口が裂けても言えないお年頃である。

 

 ――か、かんがえごとしたいので


「おい、モイ。俺はまださすがに日本語は読めんぞ」


 驚いたモイは自分が書いた黒板をひっくり返した。

 確かに日本語で書いている。

 慌てて書き直すモイに、ノーマンは何かを察したのかキッチンの火をくるりと指を回して消した。


「まだ話してるかわからんが、行ってみるか?」


 ノーマンのその言葉にモイはまるで宇宙に投げられた猫みたいな顔をする。


「お前もそりゃ同郷の奴らとしゃべりたいよな。すまん俺の気が利かなかったな」


――⁉


「モイお前ついに感嘆符まで黒板に書くようになったか」


 とんでもない勘違いをしているノーマンにモイが困惑しているうちにノーマンが玄関近くのコート掛けにかけられていたローブを手に取る。


「今夜は俺の番じゃないが、夜の見回りに行くぞ。お前も来い。それなら違和感なく混じれるだろう」


 モイは咄嗟に否定しようと黒板に指を滑らせかけるが、ふと思った。

 この誤解をこのままにしといても目的は果たされるのではないかと。

 このままノーマンはブリキの家に向かうのだろうし、モイのエイガの様子を確認したいという目的は果たせる。

 

 モイがエイガを心配していると知られるか、それともモイが委員長としゃべりたがっていると思われるか。

 どっちのほうを選んでも結局恥ずかしいのは変わらない、しかし否定してエイガへの心配を知られるのも尺である。

 どうせノーマンのことだ、あとからエイガに話して、エイガがキラキラとした瞳でうざったく自分に寄ってくるのは想像に難くなかった。


 モイは半分虚無にも近い目をしながらノーマンに頷いた。

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