第66話 人間
その光景に一種の気味悪さを感じながらも、エイガは聞いたことのある単語に耳をピンと立てた。
「幻精霊――どこかで聞いたことあるような。あ!ブルムと同じっす」
するとアレーシアは困ったように笑った。
「やだ、あんな蝶と一緒にしないでよ」
「そ、そんなこと言っていいんすか?ブルムはいつもどこでもいるんすよ」
エイガがそう言うと、アレーシアはきょとんとした顔をし、次にプッと吹き出し腹を抱えて笑いだした。
周りの衛兵たちもそれにつられて笑い、エイガは周りを見回しながら思わず叫ぶ。
「な、なにがおかしいんすか⁉」
エイガはそんなアレーシアを睨みながら身構える。
するとアレーシアは少し涙目になった目を拭いながら、体を起こした。
「そういえば君、さっきノーマンに助けを求めたらしいね?」
「そ、そうっすけど」
「ブルムはどこにでもいる。それは間違いないよ、でもあの蝶が唯一来ない場所がある」
「え?」
「不浄の場所さ、汚い場所には絶対にやってこない」
「そ、それが本当だったとしてもここはきれいじゃないっすか」
「まぁ皮はね、でもここはそんな場所じゃない。それをあの蝶はわかってるんだよ」
「皮は?」
「ほら、その奈落を覗いてごらんよ」
エイガはそう言われて、盆のふちにそっとにじり寄って下を見下ろす。
暗くてよく見えない。
エイガは目をこらすがやはり見えない。
すると頭上で一部雲で隠れていた月が姿を現した。
月光が差し込み、塔の中が幾分か明るくなり、奈落の底を照らす。
エイガはしめたと目を凝らしたがすぐにその行動を後悔することになる。
最初に目に写ったのは白。
「う、うわぁぁぁ!」
エイガはそう叫び声をあげて、後ろに尻もちをついた。
下は水が張っているので、エイガの尻がどんどん濡れていく。
アレーシアが滑稽そうにクツクツと笑った。
「わかったでしょ?ここが不浄の場所だって」
「な、な、あれ……そんなまさか」
「そうだよ、ここは"流しの間”。何を流すかは――わかるよね?」
エイガが見たもの、それは大量の白、そして下に溜まったどす黒い赤。
「ここは遺体処理の場さ、生贄くん!」
まるでおめでたいことでも紹介するようなノリで腕を思いっきり広げて、笑うアレーシア。
「ま、まさかこれ全部人――おぇ」
あまりの衝撃に腹の内容物が出てきた。
夕食前だったというのもあり、ほとんど何も出てこなかったが、唯一胃液が水の中にぼとぼとと落ちる。
「汚いなぁ、でも大丈夫!この部屋はだからずっと水が流れてるのさ!下に全部洗い流すためにね!」
「あ、あんた四天王じゃないのかよ!なんでこんな大量に!」
「何を言ってるんだい、生贄くん。力の代償は命。そう相場が決まっているものだろう?人間が人間をやめるためには人間の命でこそそれが成り立つ。魔法の常識じゃないか」
「そんな……あんたそれでも人間か!?」
そうエイガが叫ぶとアレーシアは嬉しそうに顔を綻ばせた。
エイガはその場違いすぎる笑顔に鳥肌が立つ。
――なんでそんな顔できるんだよ、俺責めてるんだぞ。
「人間じゃない、褒め言葉だね。私はずっと軟弱な人間なんて生物、早く辞めたいと子供の頃から思っていたんだ。嬉しいよ、そう言って貰えて!」
本当に嬉しそうに笑うアレーシアにエイガの鳥肌はさらに逆立った。
――あぁだからこの人にあんな気味悪さを感じたんだ。
エイガは混乱しながらも妙に合点がいっていた。
あの初日感じた気味悪さはきっとあの仮面みたいな笑顔のせいじゃない。あれはきっと――
この人の滲み出た狂気のせいだ。




