第57話 目覚め
「うぅん」
下水のような匂いがして、体が冷たい。
エイガがハッとして飛び起きると石畳がまず目に入った。
視線をあげると何ともわかりやすい鉄格子が目に入る。
そこは地下牢の中だった。
「俺、何でこんなところにいんだよ」
頭がぼーっとして上手く考えがまとまらない。
ノーマンさんになんかやらかして閉じ込められてるとか?
しかしそんな大それたことをした記憶がない。
ここに自分がいる謎を解き明かすためエイガが混濁した記憶をたどっていくとある人物の姿が頭にうかんだ。
「あ、委員長」
辺りを見渡してみるが誰もいない。
委員長に会ったことがそもそも夢だったとか?
いやでもそれならこんなところにいる理由がわからない。
エイガはおもむろに立ち上がり、辺りを改めて見回した。
水のたまった水桶、申し訳程度の藁の束、窓代わりに取り付けられた鉄格子のついた小窓。
小窓からは白い月の光が牢の中に差し込んでいた。
見たままの地下牢である。
しかしエイガはふとあることに気がついた。
地下牢なら外の光は見えないのでは。
エイガが小窓を覗いてみるとそこから見えたのは青々とした雑草。
どうやらこの場所は半分地面に埋まっている牢らしい。
「俺何やらかしたんだよ、本当に」
エイガは今度は通路側の鉄格子に近づき、それを握った。
押しても引いても壊れる気配がない。
どうやらドッキリというわけでもないらしい。
とりあえず人を呼んでみる。
「委員長ー、大丈夫かー!それかノーマンさーん!俺ここらへんの記憶ないんですけどどうすれば出してもらえますか!」
「うっさい!」
ふと真横で怒鳴り声が聞こえた。
そちらに首をめぐらすと、ちらりと白い翼が牢の外側に見える。
「と、鳥?」
「鳥じゃないわ、烏山よ!」
「え!」
エイガが鉄格子に顔をはめんばかりの勢いで鉄格子にはりついて、その声の主の全貌を見る。
そこには姿こそ変わったが、エイガにとって記憶に強く焼き付いている人物の顔があった。
「烏山!お前いたのか!」
「牢の番なんだからいるに決まってるでしょ」
烏山、本名烏山あずさはモイをいじめていた伊豆圭の取り巻きの一人である。
召喚された際に翼の紋章を手に入れて、空が飛べるようになった人物であり、伊豆のおまけのような形でアレーシアに引き取られた生徒だったはずだ。
死んだ魚のような目とボブが印象的な人物だとエイガは記憶していたが、目の前の彼女は面影がありながらも姿はまったくの別物だった。
まるで天使のような白い大きな翼のせいか、白い装束のような上から着やすい形の3つに裂かれた布とその下に水着のような服。
少しパサついて跳ね返ったボブ。
コけた頬に、クマのついた目。
モイをいじめていた頃のような健康的な姿が嘘のように、まるでその姿は死人のようだった。
翼は美しいのに、それ以外が言葉を選ばないなら水ぼらしい姿だった。
とても天使には見えない。
「お前随分見た目が変わったな、一瞬わからなかった」
その言葉に烏山がぐっと黙る。
それに気づかず、エイガは呑気に続ける。
「まぁいっか。俺どうしてここに閉じ込められてんの?教えてくれない?」
「私のこの見た目を見て、何も察せないそのおめでたい頭は相変らずね」
「えー女の子の見た目のことは聞かないほうがいいってノーマンさんが言ってたから」
「ノーマン?あぁあの無能の四天王って言われてる人?」
その言葉にエイガは一瞬ピタリと時が止まる。
「え、えっと違う……え?違わない?え、も、もう一回言ってくれ」
「だから、ノーマンってあの無能って言われてる四天n」
「違う!ノーマンさんじゃない!」
食い気味にそう叫ぶエイガに烏山はだるそうに顔をしかめる。
「はぁ?じゃあ誰?私知らないわ」
「超絶かっこいい、緑の四天王のノーマンさんだ!」
「あぁそこ」
烏山はどうでもよさそうに赤レンガの壁にもたれさせていた翼を起こす。
そのまま翼を下に垂らすと、髪をいじりながら言った。
「そういえば、あんたの育手だったわね。ノーマンって。でもこっちじゃ有名よ?四天王のくせに戦えない無能って」
「ノーマンさんは戦えなくてもすごいんだ!見たことないくせに!」
「わかったわよ、もうそれでいいわ。面倒だから黙って」
納得いかなくて、エイガは言い返そうとした。
しかしふとあることに気がついて口を閉じる。
彼女の翼が細かに震えていたのだ。
彼女の顔に改めて視線を移すと、その顔は先ほどより青白い。
彼女の体からは倦怠感がにじみ出て、呼吸は浅い。
その姿は緑の塔で見た戦場帰りの戦士のようだった。
「お前もしかして戦争に――」
エイガがそう言いかけた瞬間彼女は目を見開いた。
「いやぁぁぁぁぁぁあ!」
悲痛めいた悲鳴が牢屋に響き渡り、エイガは思わず耳を塞ぐ。
声がやむと、エイガは恐る恐る耳に当ててていた手を取った。
彼女は自分の翼で体を守るように包んでその場にうずくまっていた。
「ご、ごめん!俺なにかやばいこと聞いたか?」
しかし彼女は顔をあげない。
それどころか静かに目を見開きながら涙を流し、ずっとそのまま固まっている。
「ほ、本当になんなんだよ。ここも、お前も」
エイガも同じように頭を抱えたくなった。
胸に残る嫌な予感を思い出すと共に、ふとある記憶がよみがえった。
冷たい、まるで実験動物を見るようなあの委員長の目を。
「なんの騒ぎ?」
そう声が聞こえコツンコツンという階段を下りる音共に赤い光が近づいてくる。
地下牢前の廊下に現れたのは、自分の手の上で火を灯している。委員長だった。




