第56話 送り
「へぇ、じゃあ今はほとんどアレーシアさんのところにいるんだ」
二人で委員長の帰路につきながら、エイガは委員長から最近のことを聞いていた。
クラスメイトの中にもう戦場に出た者もいること、委員長や伊豆はまだ戦場に出ずブリキとアレーシアに指導を受けていること、女王は案外召喚者には優しいこと。
委員長はオーリアが着けていたようなローブを着ているのも相まって、ここに来る前よりどこか落ち着いているように見えた。
「"アレーシア様"ね、アレーシア様は結構信者多いらしいから、さん付けだとファンに潰されちゃうかもって」
「え、こわ」
エイガはあのドラゴンを倒していたアレーシアの姿を思い浮かべる。
アレーシアは確かに美人で、あの強さ、そして掴めないあの雰囲気。
ああいう人が味方なら確かに心強いだろう。
しかしやはりあの竜を殺した姿は今思い出してもエイガはキュッと心臓が掴まれたような緊張を覚える。
まるでヘビのような獲物を仕留める目。
美人は怒ると怖いとも言うがあの目がどうしても慣れなくて、エイガはまた少しだけ呼吸を震わす。
そんなエイガの気持ちを知ってか知らずか委員長がそのまま話し続けた。
「ブリキさんのところでもいいとは言われたんだけど、ちょっと屋敷が人間離れしすぎて消去法でアレーシア様のところにきたんだ」
「へーどんな屋敷?」
すると委員長は苦笑いをしながら答えた。
「ベンチがまず一本の鉄の棒でさ」
「あぁあの駅とかにあるやつか」
「え?あぁ違う違う。棒が一本立ってるんだよ、縦に」
「縦に?尻に刺さって痛くない?」
「痛い痛い、あとベッドも同じ感じでさ、ちょっと無理だなって」
「うわーそれは正解だわ」
委員長をみていると何ともいえない安心感を覚える。
日本でもこうだったなとエイガはたった一ヶ月前くらいなのに、まるで1年前くらいのように感じた。
「2人に選ばれてて良かったってあの時ほど思ったことはないよ」
「ブリキさんってあのすごそうな魔法使いのおじいさんだよな?なんでそんな屋敷に」
今ではもう懐かしい部類に入りだしているその記憶をエイガは脳の奥から引っ張り出す。
エイガがブリキに会ったのはあの式典一回きりだ。
しゃべったこともないし、詳しくも知らない。
ただあの四天王の中で一番魔法使いらしさが強かったのはブリキだ。
大きな杖に、白くて長い髭。
湖でも割りそうなその姿に胸が躍っていたのを覚えている。
まぁそのあと紋章なしという絶望が待っていたのだが。
「あの人パッと見じゃわからないけど、魔法使わないよ、ガチガチの肉体タイプ。四天王の中で唯一魔法を使わない人間なんだって」
「え?だって杖持ってたじゃん」
「杖?……あぁ、あれすっごく重い世界樹の枝っていうんだって。式典に必要だったからずっと持ってただけで普段は拳で戦ってるよ」
「え」
まさかのパワータイプだったのか。
あんな華奢な体で戦うなんてどうやってるんだろうか。
そんなことをしゃべっているといつのまにやら大きな壁が続く道に出てきた。
「あぁそろそろだね」
「本当にこんな近いんだな、今まで歩き回ってたのに知らなかった」
「僕もエイガ君がこんな近くにいるなんて知らなかったよ」
そのまま二人で他愛のない話をしながら壁を伝って歩く。
大きな城門のような入り口が見えてくる。
でもなんでこんな大きな場所、俺気づかなかったんだろう。
大きな垣根と大きな塀。
近くを通れば印象に残りそうなものだが――
「あれ?」
エイガはそう声を漏らしながら歩みを止める。
小さな違和感。
見えていなかったものが段々と視界に広がっていく。
顔をあげれば、自然と歩みが止まった。
「どうしたの?」
少し先に行ってしまっていた委員長がそう言ってこちらを振り向いてくるが、エイガの鼓動はドクンと早くなる。
ハッとして辺りを見渡すと本当に見覚えがない。
あの場所から歩いて大体10分程度、それぐらいで歩ける場所なら、エイガは知っている自負があった。
だがこんな目立つ建物に今まで気づかないなんてそんなことあるか?
「なぁ委員長、なんかおかしくないか?」
エイガはずんと重くなっていく胸ぐらを掴みながら、委員長を見つめた。
すると
「なんにもおかしくないよ?疲れてる?」
委員長はいつもの人当たりのいい笑顔を浮かべながらそう言った。
「そ、そっか」
委員長が言うならきっとそうだよな。
きっと気の所為だ、だって委員長は良い人なんだから。
「ほら、行こう。もうちょっとだよ」
委員長がそういった瞬間後ろから夏のプールの匂いがした。
それを嗅ぐとすぐにエイガの意識が消える。
力の入らなくなった体がそのまま地面に叩きつけられ、擦りむいた頬の痛みを感じながらも前を歩いていた委員長に手を伸ばす。
「い、委員長……」
危ないから逃げてと言いたかっただけなのに――
その委員長の顔はこちらを心配するでもなく、ただただ無表情にこちらを見つめていたのだった。
その目はまるで実験に使うミジンコでも見るような目だった。
その記憶を最後にエイガの意識は暗い闇へと沈んでいったのだった。




