第48話 和解
「お、おい何を」
グリズもさっきの威勢はどこへやら、困惑した表情で手を重ねてきたノーマンを見つめている。
ノーマンはそのまま男の手を取ると、軽くマッサージを始めた。
「人の体温はほっとさせる効果があって、触れられるのは癒される効果があるらしい。魔法でもなんでもないがな。気持ち悪いなら手を放そう、払いよけてくれ」
ノーマンはそう言ったがグリズはその手を払いよけなかった。
「温かいだろ、俺は体温が高いことに定評があってな」
ノーマンはそう言って笑ったが、グリズはじっとそのマッサージされている手を見つめていた。
ノーマンもグリズの顔を見ながらクイッと軽く手のツボを押していく。
「よくここまで生き残って帰ってきた。怖かっただろう、お前は子供の頃、緑の塔に出た虫すら殺すのをためらうくらい優しい奴だったのに」
男はその言葉にスッと息を吸った。
「子供の頃の話だ、今じゃ俺は何匹も魔族を殺している。そんな優しさはいらないんだよ、戦場じゃ。お前みたいなのにはわからんだろうがな」
「お、お前――」
先ほど走ってきて、事を見守っていたリリベルだったが、グリズの言葉にまた口開こうとする。
が、ノーマンはそれを視線だけで制した。
グリズに向き直り、ノーマンは優しい顔で、しかし切なそうに目をまた細め、マッサージをやめる。
そして優しくそのグリズの手を撫でた。
「あぁそうだな戦場じゃ優しさは邪魔だ。俺はお前たちの体験をを肩代わりできるわけではないし、腕も生やしてやれない。ただ――」
ノーマンはまっすぐと男の目を見た。
「今は、この国にいる間はお前のその根元の優しさを殺さなくていい。もうここは戦場じゃない。お前は優しくなっていい、虫にも、人に優しくしても命は消えないんだ」
ノーマンがそう言うとグルズは狼狽えるように一歩後ずさった。
「な、なんでお前そんなことが言えるんだよ、俺はお前を馬鹿にしてんだぞ」
「別にそれくらいで拗ねるほど俺は子供じゃないんでな、それに――」
ノーマンはグリズに歩み寄りその両手を取ると、まっすぐグリズを見た。
いつもエイガたちにするように、本気でそう思っていると信じさせてくれる目で。
「お前が無事に帰ってきて、それだけで本当に喜ばしいことだと思っている。それに比べれば、少しの暴言くらい許すさ」
それを聞いた瞬間、グリズが目を見開いたかと思うとゆっくりその場で膝をついた。
ぽろぽろと大粒の涙が大男の目からこぼれ落ちる。
「なんで、なんでだよ」
グリズは何度も涙を拭うが涙は止まらないらしい。
ふと昨日の自分の姿とグリズの姿がエイガの中で重なる。
素行は荒くてさっき自分を殴った相手、だけどそれだけで恨んではいけないような気がした。
「止めないでいい、涙は男の恥というなら俺の魔法で隠そう」
ノーマンがそうグリズの顔を覗き込めば、グリズはぼそりと呟いた。
「本当に俺は……もう泣いてもいいのか?」
「あぁもちろん」
ゆっくりとノーマンの肩に男が倒れ掛かってきた。
肩に顔をうずめ、静かに嗚咽を漏らす。
「すまねぇ、本当にすまねぇ。俺あんなこと言うつもりじゃ……戦場であんたに間接的に何度も助けられてるって知ってるはずなのに……さっきの坊主が治癒魔法薬を持っていなくても何も悪くないって知ってるはずなのに……俺は……俺は――!」
ノーマンはそんな男の背中に腕を回し、ポンポンと叩いた。
「あぁわかってる、お前は悪くない。ここは戦場じゃないぞ。怖かっただろう、本当によく生きて帰ってきた」
そうノーマンがいうと男はノーマンのローブをきつく握りしめ、大きな声で泣いた。
そんなグリズをノーマンは強く抱きしめ返す。
その光景を周りの治癒師と患者たちは静かに見守っていた。
先ほど野次を飛ばした者たちも胸のあたりを掴んで声を殺して泣いていた。
「……さっきまであんなに怖かったのに、もう背中が小さいや」
エイガはまるで堰を切ったように泣くグリズとそれをただ黙って抱きしめているノーマンの姿が目に焼きつくような感覚を覚えながらその光景を見つめていたのだった。




