第41話 喜び
「治癒師になるやつは基本なるしか選択肢がなくてなった奴ばかりだ。自分から進んでなりたいっていうやつはほとんどいない」
スッ、スッと本をしまう音が聞こえる。
でもな、とノーマンは本を一冊そのまま持って帰ってきた。
「異世界から来たお前がすべてを知らないながらも俺を見て治癒師になりたいと言ったこと、それはこの仕事にずっとついてきた俺にとってここ最近の一番の幸福だったんだ」
そのノーマンが持ってきたのは古ぼけて小難しそうな本だった。
ゆっくりとその表紙の題名を復唱する。
「治癒師の心得?」
「俺が治癒師になろうと志して一番最初に読んだ本だ。もう売ってないから大事に読めよ」
「え、そ、そんな貴重な本俺に渡すんすか!?」
「誰かに渡さなくてはと思っていたものだ。ただ中身は誰にも言うなよ」
「なんでっすか」
エイガがそう聞くとノーマンは少し黙る。
何かを思い出すようにふと部屋の何処かを見つめ出したので、エイガがその視線の先を見るとそこにはあの中庭が見える小窓があった。
「――この国の奴らにはきっと受け入れられないものだからだな」
ノーマンは静かにそう言ってまた椅子に座り直した。
「ありがとうな、治癒師になりたいと言ってくれて。俺がやってきたことは人に誇れるものだったと思わせてくれて」
ノーマンはそう言って本当に幸せそうにはにかむ。
なぜかこちらが照れくさくなってしまってエイガは目をそらした。
「で、でも俺じゃきっとノーマンさんみたいに治せない――」
そうエイガがいいかけるとノーマンはその言葉を遮る。
「治せてたまるかアホ。今俺がここまで治療できるのは20年の研鑽の結果だ。俺の部下で一番出来る奴でも骨が見えた傷を治すくらいだ。腕を繋げたり、体を開かず治すなんてのは俺しかできん」
そこまで言ってノーマンが一呼吸置く。
「最初お前が目指すべきなのは俺じゃない。俺が来るまで命をつなげられる治癒師だ」
それを聞いてハッとした。あぁそうか、別に最初から完璧なんて目指さなくてよかったんだ。
「ノーマンさんに頼っていいんすか?」
「当たり前だろう、ひな鳥だって親が飛び方を教えなければ飛べやしない。それと同じだ」
「俺本当に治癒師目指していいんすか?」
「お前がそう望むなら俺は付き合う」
「こんな出来損ないで馬鹿なことしかできない奴が弟子でいいんすか?」
エイガの目はまた潤みだす。
今度は真剣な顔でノーマンはエイガに言った。
「お前に死んでもいいという奴がいたら、俺はそいつを死ぬより酷い目に合わせてやるよ。俺の弟子に手を出したんだからな」
意地悪く笑うノーマンにエイガは目頭が熱くなった。
あぁ、出来損ないの自分にここまで期待してくれた人物が今までいただろうか、無能な自分にここまでしようとしてくれた人が今までいただろうか。
先生も親も友人も全員エイガには落胆しか見せなかったのに。
いつからか自分に求められるものが息苦しく、それでも応えなくてはいけないその見当違いの期待が重くて苦しくて怖かったのに。
エイガは潤んだ瞳から涙を堪え、ニカッと笑ってみせた。
「がっかりしないでくださいよ!」
それはいつしかノーマンに言った言葉。予防線として引いていたその言葉にノーマンはハハッと笑った。
「がっかりなんてしてないさ、育てがいがあると思ったことしかない」
そう言ってノーマンもエイガと同じように笑った。




