第32話 女神
「おー」
モイとノーマンが感心したようにエイガの手元を見ている。
トントンとリズムよく包丁を動かし、言われた材料を効率的に切っていく。
まな板の上に包丁を滑らせ、鍋に慣れた手つきで材料を投げ込めばまたおーとテンションは低いながらも歓声が上がった。
俺、もしかしてすごい?
ニヤけだす口端を押さえつけながら次の食材をまな板に乗せる。
モイはエイガの手元を見ながら黒板に指を走らせた。
――エイガ料理得意?
あぁ言い忘れていたがモイはいつの間にやらエイガくん呼びからエイガになっている。
理由を聞いてみたら"くん”を書くのが面倒らしい。
「うん、うちの兄ちゃん全員逃げる達人でさ、俺ばっかり母さんの手伝い任されてたから」
しかもつい最近までである。最近は受験勉強がーとか言われて逃げられてたっけ。
「つまり一番鈍臭かったってことか」
「違います!一番小さかっただけっす!」
ノーマンにそんなことを言われ、エイガが反論しているうちにをいつの間にやら食材は全て切り終わっていた。
「全部終わりましたっす」
「よろしい、それじゃあそれを鍋に入れて、次は魔力を込める過程だが――」
エイガは身を乗り出して耳を傾ける。
一番楽しみにしていた過程だ、もしかしたらこの一ヶ月近く進まなかった魔法が進むかもしれないと思うと胸がはやるのも当然だった。
「お前、今まで転んで泣いたことあるか?」
「え」
「この世界に来てからじゃないぞ、小さな頃な。大体5-6歳ぐらいの記憶が望ましい」
「えぇ」
急に始まったそんな話にエイガは首を傾げる。
「それの何が役に立つんすか?」
「言ったろう、魔法薬は精霊に感情を伝え、精霊を集めてこの場所の魔力濃度を高めることで食材に魔力を付与するって」
うぅ難解な言葉ばっかりだぁ
「感情を伝えるってとこしか理解できなかったっす」
するとノーマンはうーんと唸りながらもふと思いついたようにブルムを呼び出した。
「ブルムから金色の粉が出ているだろう?これが魔力だ」
「ほぉ」
「そしてブルムがたくさん集まると――」
一羽また一羽とどこからともなく現れた蝶たちはノーマンの近くまで飛んできて、辺りをパタパタと飛んでいる。
するとその金の鱗粉はいつの間にやらノーマンの袖一杯に降りかかっており、ボロボロローブがどこかのサンバ踊ってるおじさまのステージ衣装みたいになっていた。
「精霊が集まれば出てくる魔力も増える。だから精霊を呼び出す感情が必要なんだ、厳密には治癒魔法の場合女神への祈りと言われるが……魔力を運ぶのは精霊だから間違ってはいない」
――女神?
モイが黒板を見せるとノーマンはあぁそうだったとブルムを戻し、キッチンの方へ向かう。
「他の魔法は精霊に直接魔力をやり取りして、その対価として魔法を使うが治癒魔法だけは違う。女神に祈りを捧げることで複雑であるはずの魔術式を簡単に行使できる。だから使うだけならモイ、お前でも使える」
「俺は?」
「お前はそもそも杖を使えないから無理だな」
「ちぇ」
エイガはふと半分分からないながらもふと一つの疑問が浮かんできた。
「神様って本当にいるんすか?」
それを言った瞬間モイがエイガの脇に肘を入れた。
「ごふっ――ちょっと何すんだよ」
するとモイは黒板を見せてきた。
――ノーマンさんが女神過激派とかだったらどうするの。日本で大量に宗教戦争とか見てたでしょ?
「い、いやあんまり」
モイがこれもまた見慣れてきた呆れ顔をする。
やめてくれよ、最近そんな顔ばっかじゃんか。
「エイガの質問だが――」
ビクッとモイが肩を揺らす。
当のエイガはのほほんとした表情をしていたので、モイはもう一発脇に肘を入れ、小突かれたエイガはシャキッと背筋を伸ばす。
ノーマンはキッチンの小さな棚に収められていた像を手に取る。見事な造形というわけでもなく、稚拙な木彫りの像だった。
小学生の図画工作に並んでいそうな出来である。
その像のホコリを払いながらノーマンははっきりと言った。
「俺は、女神はいないと思っている」




