第30話 エイガの魔法
「っだぁぁ」
エイガは今日も今日とて魔法の練習に勤しんでいた。
初めて魔族の襲撃を目の当たりにした日から約1週間、魔族の行方や目的が気になりはしたが、そのことに関してはノーマンから国の機密事項だから誰にも話すなと口止めされていた。
口に出せないことを覚えていられるほどエイガは器用ではなかった。
日々の訓練にどんどん頭は塗りつぶされていき、気づけばそんなことは頭から抜け落ち――
「るわけないよなぁ」
「なんだエイガ」
「いえナンデモ」
最近は何故か訓練内容は杖の素振りに変わった。
杖をただただ振りながらエイガは一週間前のことを思い出していた。
――本物の血……だったんだよな。
目の前で人間が死にかけた、目の前で人間の形をしたものが燃えた。
一度も見たことがあるはずもないその光景をエイガはこの1週間何度も何度も思い出していた。
同じくノーマンさんに口止めされる前に喋ってしまったモイに一度相談してみたのだが――
――人間って何か怖いものとか見慣れないものを見るとそれに慣れようとして何度もそれを思い出すんだって。それじゃない?慣れるまで頑張れ
と言った返答が帰ってきた。
――慣れて……いいのかなぁ
あの光景は慣れてしまっていいものなのだろうか。
それにあの時感じた違和感。
――おいらがやった!おいらがやったんだ!
あんな引きつった笑顔が魔族の笑顔というのがどうしても信じがたかった。
その葛藤がさらにあの状況を飲み込めない今のエイガをループに誘っていた。
「ハァ」
考え事をしていたエイガだったが、ノーマンのため息でハッと我に帰る。
「あ、すみません。考え事しちゃって……」
「お前訓練中に考え事とは良い度胸だな」
――あぁまた始まった
エイガは心の中でこっそりとため息をついた。
「そもそもだな、魔法というものは無意識で使えるものでなくてはいけない。しかし最初から無意識で使えるやつなんていないわけだ。だがそんなことを言っていれば俺たちは戦場で殺されるだけだ。その無意識に持っていくのが俺たちにとって基礎中の基礎だ。ではどうやって無意識下に持っていくのかという話だが――」
こうなると非常にノーマンの話は長い。
歳を取ると話が長くなると母がぼやいていたのは覚えているがノーマンは実際何歳なんだろう。
見た目は30代〜40代くらいに見えるが実際に何歳なのかは実は聞いたことがない。
「で、あるわけだな。そして――」
この話はまだまだ続きそうだ。
エイガは諦めて話を聞きながら心の中でもう一つため息をついたのだった。
説教が終わるともう朝の練習時間は終わっていた。
3人で家に戻るとふと何か変な匂いがした。
甘いような、だがまるでゴーヤでも煮ているのではないかと思うくらい苦い不思議な匂い。
「あぁ忘れてた」
ノーマンは急いでキッチンに駆け寄ると、その臭いのもとを机に持ってくる。
いつも料理で使っていない黒くて分厚い鍋に緑色のブクブクした透明な液体が入っている。
パット見メロンソーダのようだ。
「ノーマンさんこれなんすか?」
エイガがそう聞くと、ノーマンはあちゃーと言いながら鍋をかき混ぜる。
「治癒魔法薬だった――んだがな」
「魔法薬!!」
エイガはパァッと顔を輝かせた。
「そんなファンタジー要素まだこの世界にあったんすか!」
「ん?お前らの国には薬もないのか?」
――あります
モイがエイガの横に黒板ごと割り込みながら同じく鍋を覗き込む。
――治癒魔法薬だったとは?
モイが首を傾げるとノーマンはどろっとなった液体をお玉ですくい、モイの目の前まで持ってくる。
「そろそろ大規模な兵士入れ替えがあるんでな、治癒師含め魔術師は作らなあかんのだが……これは失敗薬としか言いようがないな。煮詰めすぎて抽出しすぎた。本来もう少しサラッとしてるんだが繊維が死んだから魔法も霧散してる。ただの苦汁だ。ちょっと野菜不足が改善されるくらいだな、効能といえば」
ノーマンはあっと声をあげた。
「どうしたんすかノーマンさん、そんな声出して」
「おいエイガ、これやってみるか?」
「え?これって魔法薬っすか?」
「そうだ」
そう言ってノーマンは棚から一冊の分厚い本を持ってくる。
「魔法薬作りっていうのは杖とは違う魔法の使い方をするんだよ、体内の魔力密度をあげ、それに付随する精霊に感情を感知させることでその場所の魔力濃度を上げ、薬に入れ込む素材へ魔力を吸わせる。お前はもしかしたらこのやり方ならできるのかも知れんな」
ノーマンはペラペラとページをめくりながらおそらく人と魔力と鍋が描かれたページを見せてくる。
エイガはどうやらわかっていないようでパチパチと瞬きをした。
「まぁお前の場合説明より、実践が向いてるよな。やってみるか」
「はいっす!」
エイガの元気な返事とともに魔法薬づくりが始まったのだった。




