第29話 独り言
アレーシアは会議が終わると横にあった鈴を鳴らす。
するとあの入学式にノーマンを羽交い締めにしていた青い髪の青年が扉を開けた。
「師匠、お呼びでしょうか」
「会議が終わったから帰るよ、移動魔法準備して」
「はい」
するとノーマンが頭に青筋を作りながらその青年の名を呼んだ。
「よぉリアム。お前よく俺の前に顔出せたな。アレーシアに顔の皮の分厚さが似てきたんじゃないか」
するとビクリと肩を揺らすリアム。
「ノ、ノーマン様!! あれはえっとその――」
「ちょっと、私の一番弟子をいじめないで」
そう言ってアレーシアはリアムと呼ばれた彼の前に立った。
「アレーシア様!! ――」
「これから私の転送だっていうのに、これが原因で落っことされたらどうするの」
「アレーシア様??」
「ハッ、もういい。行け」
ノーマンが虫を払うようにシッシと手を動かす。
「言われなくても〜ほら行くよリアム。失敗したら君の髪全部刈り上げて魔法薬にするからね」
「うぅアレーシア様、あんまりですぅ」
そう言ってアレーシアはその青年を後ろにつけながら会議室を出て行った。
ノーマンはそれを見送ったあと、おもむろにブリキへと近づいていった。テーブルに手を添わせながら、ブリキの真横までたどり着く。
「なぁブリキ。お前も召喚に賛成したのか」
その目はアレーシアに向けた怒り狂っていたものではなく、悲痛に歪められていた。
ブリキは椅子に座り直すと前で手を組みながら重い口を開く。
「――そうじゃな」
「どうしてだ。お前が一番嫌いそうなことだろう」
「もうこうするしか、儂らに未来はこんと判断したからじゃ」
「だが――」
「やめんか、ノーマン」
そう女王が顔を扇で隠しながら、目を細める。
まるで子供をたしなめるように女王はただじっとノーマンを見つめた。
「どいつもこいつも本当に……」
ノーマンはチッと舌打ちをすると、そのまま壁に歩いていきダンとその拳を壁に打ち付けた。
「もう綺麗事など言ってられないということですか」
「あぁそうじゃ」
ふとノーマンは振り返り、会議室の全貌を見渡した。
会議室の机に収められている椅子は4つなのに、その机は先においてあるものが豆粒に見えるほど長く広かった。
不釣り合いにも程があるその机を見て、ノーマンは頭を掻きむしった。
ふぅと息をして、女王に向きなおる。
「もう召喚してしまったものはもうしょうがないです。精々我々の希望を死なせない努力を惜しまれないよう」
そうノーマンは皮肉混じりの言葉を吐いて会議室の扉に手をかける。
「おい、ノーマン!」
ブリキの怒鳴りつけるような声を無視して、ノーマンはブリキの声などものともしていないようだった。
「あぁそれと――」
ノーマンはふと女王を振り返った。
「綺麗事など言ってられないというのなら、私を一番最初に切り捨てるべきでは? 女王陛下」
その言葉に女王はぴくりと眉を動かし、それを尻目にノーマンは部屋を出て行った。
「あやつ、陛下の気苦労も知らずに」
ブリキが追いかけようと扉に手をかけた時だった。
「ブリキ、よい」
「ですが、陛下――」
「よいのじゃ、ブリキ」
瞳を閉じたまま女王がそう言い、ブリキは煮え切らない顔をしながらも、その扉にかけていた手をよけた。
部屋はブリキと女王の二人だけになった。
ブリキは立ち上がり、女王の前へと膝まづく。
女王はじっと座って瞼を閉じている。
「女王、大丈夫ですかな?」
ブリキはその白くて太い眉を下げながらそう聞く。
ブリキがそう聞けば女王は目を開けた。
パタパタと持っていた扇で自分を仰ぎ出すと、愉快そうにニンマリと笑った。
「まったくいつもいつも不敬にもほどがあるよの、あやつは。四天王でなかったなら即打ち首じゃぞ」
女王はやれやれと言いながらフッと鼻で笑うが、ブリキの不安そうな顔は消えない。
その顔をはたと見て、女王の視線が一瞬下がる。
「大丈夫じゃ、このぐらい覚悟はしておった」
そうぼそりと呟いて、目線を上げればそれは威厳高い女王の顔だった。
「いかんの、ノーマンに甘いのはわかっておるんじゃが」
するとブリキはさらに眉を下げておもむろに深く頭を下げた。
「なんじゃブリキ」
「あなたを女王にしてしまったこと、こんな決断をさせてしまったこと……本当になんとお詫びしていいか、私ブリキ見当がつきませぬ」
そう言ってポロポロと髭に涙を伝わせながら泣き出すブリキに女王は一瞬目を見開いたかと思うとふぅとため息をついた。
椅子に座り直して、椅子の肘掛けを撫でながら、何を馬鹿なと言わんばかりに足を組んでブリキを見下ろす。
「なにを言うておる。わらわは最初から女王じゃ。それともわらわは女王にふさわしくないと?」
そう射貫くような瞳でブリキを見つめる女王にブリキはさらに泣き出した。
すると女王ははぁとため息をつき、ぴしゃっと扇を閉じた。
「ブリキ、泣くでない。あれは災害じゃ。誰にも責はないし、誰にも責められたものではない」
そう言って女王は玉座を降りて、窓へと近づく。窓越しに見えたのは昔の記憶より簡素になりながらも一時の平和を紡ぐ街の風景だった。
窓へ埋め込まれた鉄格子に目のピントを合わせると、キッと目を細めた。
「わらわは女王じゃ。この国がある限りわらわは女王じゃ。この戦、勝たねばならん。最後まで付き合ってくれの、ブリキ」
「……ははぁ」
そうしてブリキは女王にさらに頭を下げたのだった。




