第2話 アルバート帝国
「さぁさぁ降りてくれ。君たちを女王陛下が待っている!」
「アレーシア様、落ち着いて」
衛兵に諫められながらも天に手を掲げ、そう宣言するように叫びながら、アレーシアが閉まっていたエイガたちの荷車のカーテンをはぐ。
急に入ってきた光が眩しくて、エイガたちは目を細めるが、目が慣れるとそこには目を疑う光景が広がっていた。
中世の城塞のような、何とも重々しい雰囲気のダムのような壁がどこを見渡しても視界に入ってくる。その下にオレンジ色の屋根が建ち並び、見回せば所々に高い石塔や時計台が見える。
荷台から各々降りて、辺りを見回す。踏みしめている石畳はあのぬかるんだ森の地面よりはマシで綺麗に整えられていたが所々にヒビや割れたような跡があった。継ぎ接ぎしたような白い線と共に、味気ない灰色が織り交じっている。
道路のように整備された道の横にガス灯が建ち並び、薄暗くなってきた空の元に暖色の光がポツポツと咲きだしている。今は朝なのか、夕方なのか、それすらよくわからない。ただ、食事時なのかどこからともなくトマトを煮込んだような匂いがした。
ガコン、ガコンと耳を叩くような音に気が付いて振り向けば、そこには見上げるほど大きな歯車が壁の中で音を立てたながら回っていた。機械仕掛けの絡繰城といったところだろうか?そんなお伽噺の代物でしかなかったはずのものが目の前にあった。
「みーんーなー、はーやーくー!君たちが女王様に会えるってかなり恐れ多いことなんだよ!はーやーくー」
そう歯車にも負けない声量で叫んでいるアレーシアがブンブンと手を振っている。
あの人もしかしてずっとあんなハイテンションなの?
ベンっ!
後ろからそう聞こえてきて、振り返ればそこにはおそらく荷車から降りるのに失敗して地面に伏せている栗原がいた。あぁ痛そう、エイガは反射的に駆け寄ろうとしたが、後ろから聞こえてきた控えめな笑い声にその足を止める。
「見て、あの子どんくさ」
「本当に、なんであの子人間として生きていけるのか心配になる」
そう言いながら、エイガの後ろから歩いていったのは先ほどアレーシアに物申そうとした伊豆とその取り巻きである。まるで腫物でも見るような目で栗原に視線を送りながら、誰も手を差し伸べることなくこけた栗原を避けて歩いていく。栗原もまた、誰の助けも期待していないのか一人で立ち上がり、パンパンとスカートの砂をはたいた。
栗原を飲み込むように馬車の影が伸びていく。その影に誰も入ることはなくてまるで栗原がこの世界に一人きりのような錯覚を覚えた。ふと近寄ろうとしていたエイガと栗原の目が合った。
エイガは反射的に目を反らす。やってしまった。まるで俺が悪者じゃないかと心の中で愚痴れば、胸がさらに重くなった。
エイガは歯の奥に挟まったむず痒さをギリッと噛み潰して、半目で顔をあげ直せば、栗原はまだこちらを見ていた。じっと静かにこちらを見つめている。
表情はわからない。なぜならエイガは彼女の顔に視点を合わせていなかったからだ。顔を見てしまえば責められていることに気づいてしまうと思い、怖くて栗原の顔を見られなかった。
――俺は何もしてないのに。
そんな言い訳らしい言い訳が頭に浮かんだ。エイガは目を逸らしたまましばらくじっとそこに立っていた。恐る恐るもう一度栗原の方を見た。彼女はすでに歩き出しており、アレーシアの方へとその小さな背中で歩いていく。
その後ろ姿から何故かエイガは目が離せなかった、さっきまではあんなに目をそらしていたのに。
「俺――」
「エイガくん、君が最後だよ」
そう後ろから声をかけられエイガがドキッとしながら振り向くとそこには四角い眼鏡をつけ品行方正そうな青年が立っていた。その姿を見てエイガの歯の奥の痒みが少し和らいだ。
「あ、あぁ委員長。ありがとう」
委員長と呼ばれた彼は秋山秀樹、見た目通りの真面目と勤勉さで定評がある男だ。
エイガは委員長と話した瞬間、先ほどまで入っていた力が抜け、感じていた痒みはどこへやら、頬を緩ませながら委員長とそのまま歩いていくことにした。
「なんだか大変なことになっちゃったよね」
そう委員長が歩きながら話す。エイガは自分より少し背が小さくも、こんな時でも冷静で頼もしい彼を見下げながら苦笑した。
「なんかもう何がなんだかって感じだよな、突然こんな場所連れてこられて、もしかしたらまだドッキリなんじゃないかとか思ってる」
「それね〜、でも――」
委員長はじっと城の塗装を眺める。エイガもつられて見てみるが、所々歯車が回っていることくらいしか情報はつかめなかった。
委員長に視線を戻すと、委員長はまるで探偵のようなポーズをしながら下を向いていた。
「残念ながらそれはないだろうね、こんな高い塀と城がある街なんて僕が知る限り世界にはないよ」
そう言って委員長もエイガに視線を戻した。
「建物は大体中世ヨーロッパ、そうだなローマ、いやプラハの街並みに似てるね」
そう言いながら少しだけドヤ顔をしている委員長。
エイガはまた改めて城の壁を見てみた。しかしそれがどこの国のどの街並みに似てるかなんて頭の良さそうな感想は湧いてこず、ただただ騒がしいデザインだと感じるだけだった。
「さすが委員長。俺にはどこかわからねぇけど、やっぱりすごいな」
そうエイガがいえば嬉しそうに目を細める委員長。本当に委員長は感情が分かりやすい。
「プラハぐらい覚えときなよ、チェコの有名な街だよ?」
「そんなん興味ねーし」
そんなエイガの言葉に委員長はクスリと眉を下げながら笑った。
「とにかくここが地球であることは限りなく少ないと思う。これがドッキリなら大規模すぎるし、時代も土地も全く違うしね」
「淡い期待抱くなってことか〜」
「そうだね、それよりこれから僕たちはどうなるのかが不安だよ」
「委員長のことは俺が守ってやるぜ!だって委員長すぐバテそうだもん」
「えーそうかな?」
二人で和やかな会話をしているといつのまにやら目的地についていたようだ。オークの木で作られた、重苦しく、3メートルはありそうな扉の前でクラスメイト達がざわついていた。
アレーシアはエイガたちがついたのを確認すると、シーっと人差し指を唇にあてた。クラスメイト達はまるで波が引くように会話をやめ、すぐに静かになった。まるで怖いと有名の小沢先生の授業の前みたいだとエイガはふと思う。
「これから君たちが会うのはこの国の最高権力者と私と同じ四天王2名、そしてそれに連なるものたちだ。くれぐれも粗相をしないよう心掛けてほしい。君たちの世界はどうか知らないが、女王の機嫌を損ねると下手したら首が飛ぶからね」
相変らずうさんくさい笑顔を浮かべながら、シュッと親指で首をなぞって見せるアレーシアの姿に一同がゴクリと唾を飲み込んだ。どうやら本当にとんでもない場所に来てしまったらしいとエイガはスッと息を吸う。エイガはまだついている首をさすった。少しだけ首が湿っている。
そしてそんな様子を満足気に眺め、コクリと頷いたかと思うと、アレーシアが扉に向き合う。そして彼女が扉を叩こうと腕を振り上げた時だった。
「おい!アレーシア!」
地響きのような怒鳴り声が聞こえて、エイガ含めたクラスメイトは全員肩をビクリと揺らす。アレーシアだけが「面倒なのが来た……」と小さく呟き、またあのペテン師のような笑顔を浮かべて後ろを振り返った。




