第26話 治療
ノーマンは子供を空中に浮かべる。
チリンと杖についた青い宝石の雫が風鈴のような涼やかな音を鳴らす。
ノーマンは片手で杖を持ち、もう片方は子供にかざす。
「ブルム、頼む」
そうノーマンが言えば、どこからともなく金線で描かれたような浮世離れした大量の蝶がノーマンの周りに集まってきた。
その蝶たちはノーマンが目配せをすると子供の身体へと集まっていく。
怪我をしたところに蝶たちがとまったかと思うと、その傷がどんどん治っていく。
「何度見てもすごい……ノーマン様の治癒魔術」
オーリアがそう声を漏らす。
エイガがノーマンの治癒魔法を見たのは一回きりだ。
目の前で起きていることが凄いことはわかるが、具体的に何がすごいのか分かるわけでもない。
ただふと零れた言葉は――
「綺麗だ……」
だった。
金細工のような細い線が蝶の軌道に乗り、薄暗い路地を仄かに照らす。
その光はまるであの日ノーマンがエイガを家に招き入れた時に持っていたランタンのようだった。
あぁこの人は本当にすごい人なんだ。
エイガは今更ながらそんなことをぼんやりと考えていた。
ふとノーマンは視線はそのままに母親に話しかけた。
「お母さん、この子の血液型ってわかりますか?」
「は、はい!Pです!」
「P型ですね、お母さんは?」
「同じです!Pです!」
「やはりかなり血液が少ないです。輸血をしたいのですがお母さんの血液を使わせていただいても構いませんか?」
「はい!」
すると一匹の蝶が母親の方へと飛んでくる。
「少しチクッとしますが、血を取り出したらすぐ止血しますし、立ち眩みなどがあればそちらの魔術師か私に言ってください」
すると蝶が止まった母親の腕から赤黒い血が線になって出てくる。
その血液が子供の方に向かって伸びていき、その血液が子供についた瞬間、子供の傷が一気に治っていく。
蝶が舞い、黄色い光粒が辺りを包む。
エイガはその光景に見惚れていた。
――なんて、なんて美しい光景なんだろう。
まるで恋をしたかのようなその胸の高鳴りはエイガにとって初めての体験だった。
母親の腕から血の線が出なくなる頃には子供の服が破れている以外は、なんともないように見えた。
子供がノーマンの腕の中に降りてきて、ノーマンはそれを受け止める。
「あリがとうブルム、もう大丈夫だ。また呼ぶ」
そうノーマンが言えば子供に止まっていた蝶たちが嬉しそうにノーマンの周りを飛び回ったかと思えば、どこかへ各々飛んでいき光の粒となって消えてしまった。
「起きられるか、少年」
ノーマンがそう声をかければ、子供はゆっくりと瞼を開いた。
母親が息を飲み、口を手で覆う。
「い、痛くない?なんで?おじさん誰?」
最初はどこか寝ぼけ気味だったが、意識がはっきりしてきたのか体をさすり戸惑ったようにノーマンを見上げた。
「俺は治癒師だ、ほら立てるか?お母さんが待ってるぞ」
そうノーマンが地面に下ろそうとした瞬間、母親がノーマンごと子供を抱きしめた。
「よかった、よかった無事で!!」
すると何か堪えていたものがあったのか、子供は母親に抱きしめられた瞬間大声で泣き出した。
「お母さぁぁぁぁん!痛かったぁぁぁぁ!痛かったぁぁ!」
「ごめん、ごめんね本当にごめんね私が目を離したから……」
「わぁぁぁぁぁぁぁん!」
泣きながら子供は母親の首に抱きつく。同じく母親も子供を抱きかかえるとノーマンが身を引いて、母親の腕の中から抜け出した。
エイガとオーリアの元に歩いてくると、エイガはまだ夢心地だった。いつものノーマンが数十倍かっこよく見える。
それはオーリアも一緒だったのか、少しポケッとした顔をしている。
「お前ら、同じ顔してどうした」
ノーマンは杖を肩に担ぎながら小首を傾げる。
「い、いやノーマンさんって本当に凄い人だったんだなって……」
エイガは開いた口が塞がらないと言わんばかりに顎をカクカクさせている。
「お前、なんかオーリアみたいな喋り方になってるな」
するとカランカランと金属の何かが落ちる時の特徴的な音がエイガの横でなった。




