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第19話 嫌い

 エイガは気まずそうにおずおずと扉から出てくるとその扉の近くで独白する。


「ごめん、でも俺すっごく鈍いからさ。こうでもしないとモイの気持ち分からないと思って」


「っ〜」


 モイはどんどん顔が赤くなっていき、とっさにノーマンのベッドの布団を引っ掴んで部屋の隅でくるまってしまった。


「えぇ!?モイ!!?」


 エイガが近づいてみると毛布にくるまったままプルプルと震えている。


「モ、モイ……ごめん」


 何に対して自分は今謝っているんだろうか。

 盗み聞きしたこと?失言をしたこと?それとも――


 ふとあの教室で静かに一人で俯いているモイの姿がよぎった。


 いいや一人じゃなかった、あの教室にはいつも人がいたはずだ。


 灰色の空が向こうに見えて、その前に同じく灰色の景色と同化したモイがいる。

 次元が違うみたいに誰もモイに声はかけないし、モイがそこから立っても誰も見向きもしない。


 無表情に感情のない人形のようにずっとそこに座っていた。


 それにエイガは気づいていた。ずっと一人でいることに。でも何もしようとしなかった。

 モイは自分にとってクラスメイトと言ってもどこまでも他人で、いじめられていたって、何をしたって気にも留めなかった。


 それは罪か?

 いいやきっと罪じゃない。


 すぐにそんな答えを出してしまった自分に少し失望したがでもきっとそれが答えだ。


 この世界は残念ながら全ての人が幸せになれるような都合のいい世界じゃない。

 それは自分も含めて……。


 エイガはふと幼い頃の嫌な記憶が頭によぎった。

 ブンブンと頭を振って思考を戻す。


 モイのくるまっている毛布の隙間を覗き込めば、そこには眼鏡の光の反射が見えた。


 クラスにいた時はモイは確かにエイガにとって他人だった。

 じゃあ今は?モイは他人か?

 嫌いって言われて、馬鹿にされて、仲直りしたいなんて思うのが他人か?


 エイガの中でふと足りなかったピースがピタリとはまったような腹にストンと落ちるような、そんな感触を覚えた。


――あぁ俺、ずっとモイと仲良くなろうとしてたのって下心があったんだ。


 すると目の前で震えているモイにエイガは口を開いた。


「モイ、俺やっぱり最低だった。モイと仲良くしたいって心に下心があったんだ」


「え」


「ぃ」


「え?」


 3人の声が順々に整列した。


「お前モイに下心あったのか……」


 ノーマンが心底軽蔑するような目でエイガを見る。

 モイもエイガを見てさらに震え出した。


「え、あ、え違う!?ごめん語弊があった!思ったことそのままだった!!」


 ノーマンは少し考え込むような仕草をしたあと、エイガを訝しむような目で見る。


「そのままでもかなり厳しくないか?」


「あぁもう!俺はどうせ語彙力もクソですよ!」


 逆ギレ気味なエイガにノーマンは肩をすくめる。


 改めてモイのくるまっている毛布を見れば、今度は隙間に目が見えた。

 濃い茶色の瞳がゆらゆらと揺れている。

 エイガは震えている喉を押さえながら、口を開いた。


「俺ずっとモイが苦しんでるの知ってた。でも他人だからってずっと放っておいたんだ。それは正直悪いと思ってないんだ、最低だけど」


 モイはどんな顔をしているんだろう。毛布で瞳しか見えない彼女の心を勝手に瞳からエイガは推し量ろうとした。嫌悪と混乱。


 こんなこと言っても困らせるだけなんじゃないか、ずるいんじゃないか、もっと綺麗な言葉を使うべきなんじゃないかとは思うが、エイガにはこんな言葉しか思いつかなかった。


 ここで取り繕うのはモイに失礼だと、らしくもなく思ったのだ。


「ほら昨日なんだかんだ毒を吐いてはいたけど、俺のところにノーマンさんのサンドウィッチ持ってきてくれただろう?モイから見たら俺、自分を見捨てた悪いやつなのに」


 ゴソゴソと毛布が少し動いた。エイガは続けて喋り続ける。


「嫌いなやつなのにあんなことしてくれたんだって思うとさ、俺の中でモイは他人じゃなくなったんだよ」


 モイがヒョコリと顔だけをのぞかせる。

 目が合うとどこか気まずくなってきて目を逸らしてしまう。


「あ、えっと……」


 言葉に詰まった。

 今更何を言っているんだとモイの瞳がそう言っている気がした。

 するとモイが毛布にくるまったまま、ノーマンの元へと、正しくは黒板のある方へと移動した。

 ノーマンは察したのか机の上に置きっぱなしだった黒板をモイに手渡す。

 黒板に指を滑らせるモイ。

 恨み言でも書かれるんじゃないかと、エイガはその時間をハラハラしながら待っていた。

 そしてモイが見せた黒板には


――続けて


 の文字が。


「う、うん」


 まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなくてエイガはキョドりながらも言葉を探す。


「え、えっとさ、だから何が言いたいかっていうとさ他人じゃないから仲良くしたいし、嫌われるのが苦しい。だから嫌わないでほしくて、俺がしたこと全部ゆるしてほしくて、好かれようと必死だったんだ」


 エイガが話終わると一筋の涙がこぼれ落ちた。

自分が言ったことが振り返ると小っ恥ずかしくて、情けなくて感情がグチャグチャになった結果だった。


「……告白か?」


「え!?あ、え!?違います!?」


 ノーマンが首を傾げながらそういえば、エイガの顔はリンゴのように真っ赤になった。


「と、とにかく!!……本当にごめん、最低な人間でごめん。ずっとほったらかしてて、失言して、盗み聞きして……都合のいいこと言ってごめん!!」


 頭を思いっきり下げると、辺りがシンと静まり返る。こんな謝罪、受け入れてもらえるだろうか。

急に頭を下げたせいか、血液が頭に上ってきて暑くなってきたがエイガは頭をあげなかった。


「カハッ……ぅ」


 モイが何か言ったので顔をあげる。


「なんだ!?モイ」


 モイは目を合わせてくれなかった。

 あぁやっぱり駄目だったんだ。


「ぁ……スッッス」


 ん?

 モイがずっと上を指さしている。

 上を見てみるが何もいない。

 ノーマンは何故かいつの間にやらバケツを手に持っていた。


「おいエイガ……頭燃えてるぞ」


「え」


 頭を触ると確かにパチっと音がした

 状況を把握するのに1秒沈黙、そして――


「ヒヤァァァァァ!」


 エイガが悲鳴を上げるのと同時にノーマンがバケツの水をぶっかけた。

 するとまたチリチリの髪がエイガの上に爆誕した。


「うぅ、なんでまた……」


 エイガは頭をさすりながら涙目になっている。

 ノーマンは何故かそんなエイガを見てクスリと笑った。


「モイ、お前本当に魔力量が多いんだな」


 モイが不意に言われたノーマンの言葉に首を傾げる。


「魔力保持者の魔力が多い場合、感情の揺らぎや高ぶりで一番適正のある魔力の精霊が魔力を勝手に行使することがある。モイの場合は赤、つまり火だったからな。それでエイガの髪に着火してしまったんだろう」


「っていうと?」


 エイガがそう聞き返せば、ノーマンはニヤリと笑った。


「モイがお前の言葉で感情が激しく動いたってことだよ、まぁネガティブな感情でも動いたりするからどっちかは分からんが」


「ど、どっち!?モイ、どっち!?」


 エイガが詰め寄ると、モイはうざったかったのか、詰め寄ってきたエイガを振り切って、ノーマンの後ろに逃げる。

 まだパチパチと火花がモイの周りで散っていた。


「え、ネガティブ?」


 自分の後ろで顔を赤くしパチパチと火花を散らしているモイにノーマンはプハッと吹き出した。


「モイ、お前は頭が良いからおそらく相手の見えなくていいところまで見えてしまうんだろう。だが、エイガみたいに察することができないやつもいる。このままだとあいつずっと勘違いし続けるぞ」


 モイはゆっくりとノーマンの言葉を噛み砕くように頷いた。


 顔を真っ赤にしながらおずおずとノーマンの後ろから出てきてエイガに向き直る。

 そして黒板にゆっくりと文字を書き付けていった。

その言葉は日本語だった。


――やっぱりそういうところ気に入らない。


「えぇ……」


 サラサラとまた書いていく。


――そうやって素直に謝るのも、誰にでもいつの間にか溶け込んでるのも、気に入らない。


 その言葉でエイガが崩れるように膝をついた。

 その様子で何が書いてあったのか察したのかノーマンはあれっといった顔で、エイガに駆け寄る。


「――っスーエイガ、まぁそういうこともある」


 ノーマンがポンポンと肩を叩いていると続きがあるようでモイは黒板にまた書き出す。


――でも、もしかしたら好きになれるところあるかもしれない。全然今まで喋ったことなかったし


 そしてモイはまた文字を消して黒板に書く。

 その文字を見せるとエイガの顔がパァッと明るくなった。


――私もごめん八つ当たりして。酷いのは私も一緒。


 その文字をみた瞬間エイガの顔がパァッと明るくなった。それを見てノーマンの顔も明るくなる。


「おぉ逆転したな」


 ノーマンがバンとエイガの背中を叩いた。


「いったい!けどいいや」


 こうして2人は無事に仲直り?できたのだった。








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