表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/92

第1話 召喚

 荒井 衛雅(アライ エイガ)は普通の人間だった。人より少し出来が悪い以外普通の人間だった。

 それは自分でもそう思っていたし、他の人間もそう思っている。

 それは変わらない。


「召喚成功です!無事30名、召喚完了です!」


 そう声が聞こえてエイガがむくりと体を起こすと、そこには黒いローブを纏った大人たちが自分たちを覗き込んでいた。


「うわぁ!?」


 思わず声をあげてしまい、それを皮切りにクラスメイトたちが徐々に起き始める。


「ここ、どこ?」


「うぅなんか腕痛い」


 各々が起き上がり始める中、一足先に目覚めていたエイガはキョロキョロと頭を巡らせながら周りを見渡す。

 ひんやりとした空気がエイガの眠気を吹き飛ばし、重たい瞼と鳥肌を目覚めさせる。お約束というのだろうか、目が覚めた場所は先ほどまでいたホームルーム後の教室などではなかった。


 見上げられるほど積み上がった石レンガの殺風景な灰色の壁。その壁が上に向かって綺麗な円を描いている。どうやらここは塔のような場所なのだとエイガは察することができた。

 レンガの隙間という隙間にびっしりと緑の苔がむしており、チリンチリンとまるで鈴がなるような音がした。音を辿ってみるとどうやら苔に咲いた小さな花からそれはなっているらしい。見たことのない花もそっちのけにエイガはさらに塔の中へ首を巡らせた。


 視線を下に移していくと薄らと青みを帯びた石レンガが現れる。否、青い光に照らされているのだ。エイガが床に目線を落とすと、そこには青々と輝く線が床を走っていた。ホタルのような淡い光だった。火か?咄嗟に思ったその言葉に体が反射的に床にあった手を浮かせる。が、熱くもなんともない。


 そっとその線に指先だけ触れてみる。熱くない。どうやら勘違いだったらしい。

 今度は手のひらでその冷たい石畳を撫でた。冷たい岩肌のような手触り、少し経つと小さな青い光がフワフワと浮く。動くたびに青い粒子が散るだけであり、今ひとまずこの見覚えのないものに敵意はないことが分かりエイガはホッと胸をなで下ろした。


 エイガたちがいたのはひんやりとした石室だったのだ。


「……」


 唸りもせず静かに隣で起き上がった人影が、エイガの視界の端に移った。そちらに視線を移せば、先ほど起き上がったはずであろう彼女が背筋を伸ばし、すでにエイガよりも姿勢を直してそこにいた。

 正座をしながら落ち着いた様子でその頭を上に向ける。じっと喋らず姿勢を正し、そこに居座っている彼女の姿はある意味このクラスの中で最も異質だった。


「あ、えっと。大丈夫そう?」


 顔は知っているし、クラスメイトだがエイガはどうにも歯切れの悪い口調で彼女に声をかける。

 理由は簡単、話したことがないのだ。いいや、()()()()というのが正しいだろう。

 彼女の顔がエイガの方へと向けられる。まず一番最初に目を引くのが鼻を中心に広がっているそばかす面。そして大きいビン底眼鏡。根暗という文字がとても似合う彼女はちょっとしたクラスでの有名人だった。


「…………」


 無言。反応に困る無表情。

 返ってこない返事にエイガは気まずくなって目を反らした。目をそらされた彼女は少しエイガを見たかと思うと、同じくエイガから興味をなくしたように目をそらす。


 それがエイガと彼女にとっての当たり前だった。


「やぁやぁ、召喚者諸君。初めまして」


 そう言って魔方陣の中に入ってきたのは、唯一、この部屋の中でローブを被っていなかった女性だった。人のよさそうな笑顔を浮かべて、ひらひらと手を振っている。


「私の名前はアレーシア。アルバート帝国の四天王が一人だ。突然召喚などしてしまって申し訳ないが私たちも一刻を争う事態でね。おとなしく私たちに従ってくれると助かる」


 そう彼女が言えば、一人の女子生徒が声をあげた。このクラスでカースト上位に立つ女子、伊豆圭(イズ ケイ)だ。


「あの、ここどこですか?」


 アレーシアはどうやら話を聞く気がないらしい。観察するような目で伊豆を見つめたあと、アハハと笑ってみせた。


「よかったぁ記録がないから言葉が通じるかわからなかったけど、通じてよかったよ」


 答えが答えになっていない。


「質問に答えてください!警察呼びますよ!」


 のんきな女性の態度に腹が立ったのか、彼女は懐をまさぐりながら声を張り上げる。


「元気がいいのはいいが、この世界に警察?っていうのはいないよ、衛兵はいるけど」


「そんなわけ、これきっと何かのドッキリでしょ!本当に警察呼びますから!」


 彼女はスマホを取り出すが、動きがピタリと止まった。


「嘘、圏外」


「まずそもそもさっきまで全く違う場所にいたのに、ここにいるって時点でおかしいでしょう?君たちの世界じゃ、郷に入っては郷に従えって言うんでしょ?それを実践するべきだと私は思うね。」


 ぺらぺらとそう話す彼女は相変わらずにっこりとペテン師のような笑顔を顔に張り付けている。エイガはそんな彼女を見て、心臓がキュッと縮んだ。あぁ怖い人だ。直感的にそう思った。


「とりあえず、外に出よう!みんなさぁ出よう、その方が説明するよりも早い!」


 うまく動けない心臓に鞭を打つようにそのアレーシアと名乗った女性はエイガたちを外に連れ出した。うながされるままその石室からクラスメイトが全員出される。


 石でできた急こう配の階段を抜ければ出た先は平原だった。まるでサバンナのような何もない平原。上っているのか下っているのかよくわからない太陽と地平線がみえ、どこかでトンビのような鳥が鳴く。米を焙ったような、田舎特有の草の匂いがして、生暖かい風がふわりと頬を撫でる。

 エイガが後ろを振り向けば、そこにはコケと蔓に支配された石塔と鬱蒼とした森が広がっている。薄暗くて、ねじ曲がった幹や何かで撃ち抜かれたような跡のある木が立ち並び、入りたいと思うかと聞かれればもちろん首を振るような森だった。


 クラスメイトたちの息を呑む音が聞こえた。これがもし本当にドッキリだったとしても、こんな何もない場所で自分たちは何ができるのだろうか。

 クラスメイトはその問いの答えをおのずと知ったのか、伊豆を始めとして全員が従った。


 ローブの大人たちが先導する中、クラスメイト達と一緒にエイガは森の中を歩かされた。入った瞬間に気が付いたが、先ほどの平原とは打って変わってこの森は湿度が高かった。ぐちょりと地面はぬかるみ、歩いているとゴマほどの小さな黒い虫が顔にへばりつく。虫に反応したのか女子たちの悲鳴が時々聞こえたが、列から離れるようなことはしない。この森にはなにかわからないが、気味の悪いものが何かいる気がした。群れからはぐれた羊を狙うオオカミのように、虎視眈々とこちらを見ている。

 ゾワリと鳥肌が止まらない腕をさすりながら、エイガたちは彼らについていったのだった。


 ある程度歩いた先、ついた先にはまた漫画に出てきそうな馬車。大きな布が張られた荷車だった。

順番に乗せられていくと、エイガの隣には先ほどのそばかす女が座った。

 ローブの男が荷車に備え付けられたカーテンを閉め、馬車が動き始める。エイガは馬車が揺れるたび、胸がどんどん心臓に迫ってくるような感覚を覚えた。

 所々からささやき声が聞こえる。これから大丈夫なのか、自分たちは帰れるのか、そんな内容だ。

 そんなことを聞いていると無性にエイガはなにか喋りたい欲にかられた。しかしエイガの話を聞いてくれそうな相手は横にいるそばかすしかいない。エイガは意を決して口を開いた。


「あの、栗原さん」


 そう呼ばれた彼女はふと顔をあげた。そのレンズ越しの茶色の瞳は穴が開きそうなくらいに黙ってこちらを見つめている。エイガは思わず合った視線を少し逸らした。反射的である、故意ではない。

 彼女はそれからじっと何も話さず、動かずでまるで人形のようにエイガを見続けた。


「……」


「あ、あの栗原さん?」


 気まずくなってエイガは視線を合わせないままそのまま口を開こうとする。しかし言葉が出てこない。話しかけたはいいものの、何を話そうか決めていなかったのだ。とっさに考えて出た言葉はなんとも貧相なものだった。


「いや、こんなこと巻き込まれてさ。栗原さんは不安じゃないの?俺チョー不安」


 失敗したとエイガは頭を抱える。

 もっと……もっと俺は気の利いた話の振り方ができないんだろうか。


「…………」


 栗原はやはり何も喋らない。栗原の表情はというと感情が読み取れず、何を考えているのか分からない。()()()の方が大変そうだし、ある意味平和ぐらいにも思っているのかもしれない。


「でもなんか平気そうだね、俺なんてちびっちゃいそうだよ、ハハ」


 また言葉選びをミスったとエイガは思った。


「ゎ――」


 栗原が口を開き、何かを言いかける。しかし意外にも栗原以外の人間がエイガの言葉を拾った。


「ハハッ、エイガ。漏らすんじゃねぇぞ、ここを便所にしたらお前ずっと小便魔って呼ぶからな」


「えーやめてくれよ」


 遠くに座っていたが、いつも話している東間が引きつった笑顔を見せながらその言葉を拾った。エイガはいつものノリでそう軽く返せば少しだけ荷車の雰囲気が軽くなる。


「ちょっとエイガ、漏らすなんてやめてよー」

「おめぇ漏らしたらマジで許さねぇからな」


 エイガはそのいじりの波に乗るように口もとに笑みを浮かべながら、その会話の輪に入っていく。

 栗原は言いかけていた言葉を止め、エイガの隣で会話に交じることもなく布の隙間から景色に首を傾けだした。


 ちらりとエイガが栗原を見ると、その横顔は相変わらず何を考えているかわからなかった。


――そんなんだからだよ


 ふと頭をよぎったその言葉をエイガが口ににすることはなかった。そのかわりに記憶から湧いてきたのは灰色の記憶だった。教室の中で机を女子3人に囲まれて俯いている栗原の姿。


 きっとこれは仕方のないこと。

 エイガは目を閉じて、その記憶を頭の隅に追いやった。


 荷車に乗せられて揺られること半日、馬車が突然止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ