第12話 初めての文字授業
「とまぁ、お前らの言葉はこの家の中でどれだけ使ってくれても構わんが、街はそうはいかないからな。お前らにこの国の文字は覚えてもらうぞ、あと基本的な座学」
「え、勉強っすかぁ〜?」
うげぇッと嫌そうな顔でエイガは食べかけのオムレツを口に突っ込む。
「……」
隣のモイも同じくしょっぱい顔をしている。
「まさかお前ら2人揃って勉強嫌いか」
「え、モイも?よかったぁ」
するとモイはササッと黒板に文字を書き付ける。
――苦手じゃない嫌いなの。エイガくんと一緒にしないで
モイはしかめっ面をしながら黒板の文字をエイガに見せる。
「まぁまぁ。分かるよ気持ち。あんなつまらないことやってるだけ拷問だよな」
エイガがそうしみじみと頷いていると、モイは少しイライラしながら何度も黒板に先程書いた文字を指差す。
――嫌いじゃない!!に、が、て!!
すると2人の間に洗いかけのフライパンが差し込まれた。
「モイ、落ち着け。そうだな、とりあえずこれを食べ終わったらやってみるか。それでこれからの方針を決める」
「げー」
「何か文句でも、エイガ」
「ヒッ、なんでもないっす!」
ノーマンが昨日ぶりのドスの聞いた声を出してきたので、エイガは肩を揺らして早口でそう答える。
「そうと決まれば、さっさと食え。すぐ始めるからな」
エイガが従順になったのを見て、ノーマンはまたいつもの声色に戻った。
「あ、ノーマンさん」
「なんだ、やっぱり文句か?」
エイガがおずおずと手をあげるので、ノーマンはまたドスの聞いた声に戻る。
「ち、ちがいます!ただ……」
「ただ?」
「がっかりしないでくださいよ」
「は?」
エイガの不穏な一言はすぐに現実になった。
「お前、凄いな。まだそこら辺の6歳児の方が覚えがいいぞ」
それを聞いてエイガは持っていた羽ペンを放り出し、机に突っ伏した。
「だから嫌なんっすよ勉強ぉぉぉぉー!!しかもモイはなんでかできてるしぃぃぃ!」
隣でスラスラと簡単な文を綴っていたモイは呆れたようにちらりとエイガを見たあと、また手元へと視線を戻した。
そうエイガは非常に覚えが悪い。エイガたちの通っている高校は偏差値が50より少し下ぐらいの高校で現在高2だが、どうやって高校受験を乗り切ったのか分からないくらいに覚えが悪い。
成績はもちろんビリッケツであり、クラスメイトにもそれは周知の事実。
確かにこんなのと比べられるとモイが気分を害すのも分かるなとノーマンは正直思った。
「モイ、お前は逆に苦手と言う割にはできるな、というか優秀な方だぞ」
――エイガくんと比べれば何でも早く見えますよ
「嫌味だな?嫌味だろ!大人しそうな顔して俺にだけ毒舌なんだ!」
さぁ?と言うように肩をくすめて見せるモイを恨めしそうに見つめるエイガ。
「まぁいい、最初に期待するなと言っただけはある。ただ文字は分からんとまず外に出られん。死ぬ気で覚えろよ」
「俺日本人なのにぃ」
「残念だが、当分お前らはアルバート帝国に滞在しなくてはならんからな、諦めろ」
そのノーマンの言葉を聞いてハッとしたように、モイは黒板に何かを書き付ける。
その書きつけられた文字にノーマンは目を見開いた。
――そういえば私たち、今すぐとは言わずとも帰れるんですか?
「あ、確かに」
そうモイが聞くとノーマンは言葉に詰まった。
「帰れない……ことはないとだけ言っておこう」
「帰る方法はあるんすね!良かったぁ、母ちゃん心配してるだろうし」
――その方法は?
モイがそう聞けば、ノーマンはフルフルと首を振った。
「本当ならすぐに送り返してやりたいんだが、今はこの国の状況を見ても実行できん。だからその時になったら教えてやる」
「了解っす!」
上機嫌にそう言うエイガはビシッと敬礼を決めた。
しかしモイは怪訝な顔をしている。
――それって……
この国が落ち着くまで一生帰れないってことじゃないの?
しかしそんな思考はそっと胸の内にしまった。
きっとこれは言ってはいけない。
日本とは違うこの立憲君主制であろうこの国では人の命なんて軽いんだから。
「さて、エイガはもう少し勉強で、モイは大体わかってきただろ、少し街にでも出てみるか」
ノーマンがそう言うとエイガの目が子供のようにキラキラ輝き始め、ガタッと音を立てて立ち上がる。
「え!?いいなぁ、俺も行きたいっす!」
「基本的な文法すら危ういお前が行っても退屈だと思うが」
「気分転換っす!転換!」
「そこまで言うならいいが……絶対はぐれるんじゃないぞ」
「やった!」
エイガはルンルンと鼻歌を歌いながら、机の上の教材を片付けだす。
同じように教材を片付けながら、モイはちらりとノーマンを盗み見た。
「ん?どうしたモイ」
ノーマンにそう聞かれるとモイはフルフルと首を振った。
「ついでにお前らの服ももう少しマシなものを買おう、国から支給されたものは薄いしな」
そう言ってノーマンがローブを羽織った時だった。
――耳をつんざくような大きなサイレンが鳴り響いた。




