第11話 誤解
「栗原さんって笑えたんだ」
ふと零れ落ちたその言葉に栗原が目を見開く。失言だと気づいたエイガは口を覆うが、モイはどこかエイガを睨んでいるようにも見える。
「ご、ごめん栗原さ――」
ノーマンはポコッと軽くエイガの頭にこぶしを乗せた。
「お前は昨日から謝ってばかりだな」
ノーマンはそう言って、エイガの頭にグリグリと痛くないぐらいで拳をねじ込む。
「モイもお前も同じ世界から来た同族ならお前ができることはモイにもできる」
「すいません……」
「これからは口に気をつけろよ。争いは口からっていうしな」
エイガがシュンとしているのを置いて、今度は栗原にノーマンが向き直った。
「モイ、どうして笑うだけでそんなに顔を青くする。別に悪いことじゃないはずだろ」
そう聞かれてモイはもじもじとしながら、黒板に書き込んでいく。
――しゃべれないのに、笑えるなんておかしいから。
するとノーマンは首を傾げる。
「昨日治療ついでに喉を見たが、声帯は正常だった。つまり精神的なところからくる失語症といったところだろう。それなら笑い声だけ出るとかそういう現象は説明がつく。それはおそらくお前もわかってるだろ?」
栗原は小さく頷いたが、どこか納得がいっていないらしい。服の裾を握り、唇を噛んで頬が赤く染まっていく。
そんな下を向いている栗原を見たノーマンは鼻から息を吐き出すと、栗原の視線に合わせて膝を折る。
「あっちの世界で何があったかとか声が出ない理由は聞かないが、少なくともそれは恥じるべきことじゃない。それに俺の家や近くなら無理にしゃべらなくてもいい」
しゃべらなくていい、その一言で栗原が顔をあげた。
「俺はお前らの文字が読めないが、エイガに翻訳してもらえばわかるし、おそらくだが俺でも読めるようになることは可能だからな」
さっきまでシュンとしていたはずのエイガが驚いたように顔を上げ、ノーマンの後ろから顔を出す。
「ノーマンさんが日本語?でもこの世界にはない言語っすよね?」
「これでも四天王なんでな、外交とかで相手の言語覚えなきゃならんてことが何回かあったんだよ、今はその国の人間と10日ほど話して、文法やらの本を100冊だけ読めば体得できる」
「ヒャ、100冊……」
「……」
モイもあまりの数が聞こえてきて固まっている。
エイガに関しては今まで読んだ本はおそらく片手で数えられるくらいしかないのでそれを1回で超えてしまう数の暴力に現実味が湧かなかった。
「文法書なんかはないが、お前らが書いてる文字やらなんやらをみていたらおそらくわかるだろう。幸いしゃべる言葉は一致してるわけだからな」
「えーっとつまりだな、何が言いたいんだったか……」
ノーマンはガシガシと頭をかく。
「まぁ何が言いたいかっていうのは言葉が分からなくても別にそこまで支障はないってことだな。笑いたければ笑え、泣きたければ泣け。感情表現なんて治癒師の俺にはそれで十分だ。無理はするなよ」
ポンポンと頭を叩いてノーマンはキッチンへと戻っていった。モイはその叩かれた場所に手を重ねながら不思議そうに首を傾げる。
「ちょっと借りるぞ」
そう言ってノーマンはモイが持っていた黒板をヒョイッと取り上げ、じっと見る。
「改めて見てもやっぱり変な形してるな、おまえらの文字。にしてもエイガ、お前魔力量もおそらく少ないぞ。おまえの線薄いし」
「えぇぇ、栗原さんは?」
「かなり多いな、普通の1.5倍くらいだ」
「うぅぅ、あんまりっす」
「あと栗原はやめてくれ、モイのほうで呼べ」
「うぅぅ」
すると思い出したようにハッとして栗原はノーマンから黒板を返してもらいサッと指で黒板に書き付ける。
――呼ぶのはいいけどちゃん付けはやめて。キモイ
口調がやはり自分にだけきつい気がするのは気のせいだろうか。
「わかったよ、栗原さ……じゃなかったモイ」
ピクッと栗原改めモイが肩を揺らした。
「ねぇノーマンさーん」
エイガがノーマンのいるキッチンへと戻っていく後ろ姿を見ながらモイはスッと黒板をなぞる。
――呼び捨てなんだ
そう書こうとして、モイはその書きかけの文字を消したのだった。
「ろれりたとて」
音にならない息を吐きながらモイも同じく改めて机についたのだった。




