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第10話 朝

 朝、エイガは日が昇ると共に目が覚めた。時計がないので今何時かわからないが明るいのなら起きる時間ということだ。目を開けて飛び込んできたのはいつもと違う、土を白く染めて固めたような天井。

エイガはハッと体を起こした。


「あ、そっか。俺違う世界に……」


 色んな事がありすぎて夢だったのではないかとまで思うが、そんな考えはこの埃っぽい部屋が否定してくる。


 エイガは少しだるい気もする体でまたベッドに倒れこんだが、少し体を動かしただけで埃が鼻につく。エイガは諦めて起きることにした。トイレに行きたい。


 ドアノブを捻ってドアを開ければ、木造づくりの部屋はまだ少し薄暗い。しかしそこには先客がいた。


「ん?あぁ起きたのか」


 本の森と化した部屋にはキラキラとした朝日が差し込む。そして部屋の真ん中にある本に埋もれた机の上に声の主はいた。


「おはようございますっす、ノーマンさん」


「おう」


 ノーマンは自分の胸くらいある大きくて派手な装飾のなされた本を朝から読みふけっていた。朝に起きて自分以外がいるという感覚は久しぶりだったのでエイガは少し顔を綻ばせた。


「ノーマンさん、早起きっすね」


「お前も顔に寄らず早起きなんだな」


「顔によらずってどういうことっすか」


 突っ込みながらエイガは外にあるトイレへと続く中庭へのドアへぎこちなく手を伸ばした。


 ガキっと油が足りていない音と共にドアを押せば、少し手狭な庭が見えてくる。

 背の低い灰色の花壇が庭をぐるりと囲むように張り巡らされ、立てかけられた鉄のじょうろと寂れたスコップにツタが這っている。そのツタはエイガの足元のすぐ近くまで迫ってきており、まるで花壇に入れまいとしているような鬱蒼さだった。

 エイガはぐるりと視線を回して、ツタが開けた場所を探す。昨日の夜見た景色を頼りに小さな小屋へとたどり着いた。


「トイレトイレッと」


 小屋の中に備え付けられたトイレに入り、用を済ませる。


「ふぅー」


 用を済ませて改めて庭を見てみるとやはり寂れた庭だ。


「朝になって気づいたけど本当にもじゃもじゃだ」


 ふとエイガの頭に母の背中がよぎった。父と兄弟が庭の芝生で走り回っている中根気よく雑草を抜いている姿を。

 特段特別な花が植えられていたり、彩りが素晴らしかったりした花壇ではなかったし、母は不器用だったから庭に買ってきた花の苗を寄せ植えするのが精一杯だった。しかしそんな母が作った庭を眺めるのがエイガは好きだった。

 

 目の前の花壇はそんな母が作った花壇よりもひどいものだった。でも何故だろう、エイガはあの花壇からそんな理由で目を離すにはもったいない気がしていた。


「使ってなかったって感じはしないんだよなぁ、なんとなく」


 ツタと雑草まみれの緑の中に黒い茎らしきものが見える。普通そこに生えてきた植物で、花壇に生えるくらいの植物があそこまではっきりと枯れはしないはずだ。

 そうあそこまで枯れるのは本来世話をされなくては生きていけない植物くらいだ。


 そんなことを思いながらエイガが家に戻るとノーマンは本に視線を落としたまま、エイガに話しかけてきた。


「エイガ、お前朝ごはん何がいい」


 相変わらず素っ気なくて淡々とした声。冷たい声に聞こえるが、おそらくこれがノーマンの正常運転だ。


「何ならオッケーすか?」


「卵か肉だな」


「じゃあ卵がいいっす」


「わかった」


 ノーマンは読んでいた本から立ち上がり、キッチンへと向かう。エイガはなんとなくキッチン前のカウンター席に座った。ふと目の前にあった本を手に取り開いてみるが、文字が一緒なわけがなく、頭が読めないものと判断したのですぐに閉じる。


ガチャ


 後ろからそんな音が聞こえて振り返れば、そこには少し眠そうに目を擦っている栗原がいた。


「おはよう栗原さん」


 エイガはそう挨拶をしたが栗原は軽く会釈をして、キョロキョロと気まずそうに辺りを見渡しその場に立ち尽くす。


「ほらモイ、お前も座れ。すぐできる」


 そう言って卵を焼く手を動かしながらノーマンがモイに声をかけた。

 コクリと頷いた栗原はよじ登るようにしてカウンター席に腰掛ける。


「今日は卵だって、栗原さんアレルギーない?」


 そう聞けばまたコクリと頷く栗原。さてエイガは平静を装いながら話しかけているが、この男、昨日のことがあったせいで栗原への印象が絶賛バラバラ事件を起こしている真っ最中である。

 大人しくて、抵抗する気のないあの教室の姿からは想像できない昨日の姿が離れず、エイガは正直栗原とどう接すればいいのか分からなかった。


 エイガがちらりと栗原をみればばっちりと目が合う。頭を傾げてみせる栗原に対してエイガは苦笑いをしてみた。


「……」


 栗原にはすぐにプイッとそっぽを向かれてしまった。


「あ、あぁ……」


 何か言うべきだろうか、でも共通の話題なんてないし……。


「お前ら昨日喧嘩でもしたか?」


 ノーマンがヒョイッとフライパンの上のオムレツらしき卵を見事にひっくり返す。


「し、してないっすよ!ね?栗原さん!」


 同意を栗原に求めたが、コテンと首を傾げるだけだった。


「え」


「心当たりはあるのか。喧嘩の理由がわからん男はモテんぞ、思い出せ」


「そ、そんなぁ」


 甲斐性のない奴だなぁと言いながらポンとオムレツを皿の上に乗せ、また次の卵を溶き出すノーマン。

 するとノーマンがあっ、と思いついたように声を出してエイガの方を向いた。


「そういえばエイガ、栗原って呼ぶのやめてくれないか?」


「え?」


 栗原がピクリと反応する


「ギリギリモイって言われたら分かるんだが、お前らの苗字?っていうのがいつまでも聞き慣れん。薬草の名前とも似ているから紛らわしいんだよ」


「え、えぇ……」


 エイガはパチパチと瞬きを繰り返しながら栗原を見た。すると栗原は何か訴えかけるような目でノーマンを見始めて、机の上に書き付けるような仕草をした。


「あぁ、そうだったな。喋れなかったな」


 察したノーマンは、フライパンをコンロの上に置くとカウンターから出て誰の部屋でもない扉を開く。どうやら物置らしい。ごちゃごちゃとして、押し込まれた本しか見えないがそこにノーマンは体ごと突っ込み、体を引き抜いた時その手には小さな黒板が握られていた。


「ほらこれ。おもちゃだが、間に合わせとしては十分だろ」


 小さく彫られた見事な百合花が可愛らしいような美しいような黒板だった。差し出された黒板を受け取るとモイはペコリと頭を下げた。モイは書き付けようとチョークを探すが横を見てもひっくり返してみても見つからない。


「あぁそうか、お前らはわからんよな」


 そう言ってノーマンは黒板を覗き込むとその上にスッと指をなぞらせる。すると黄色の線が指を追いかけていくではないか。


「わっ、え?これどういう仕組みっすか?」


 エイガは身を乗り出して黒板を覗き込みモイも驚いたように目を見開いている。さっきと同じように黒板の裏や横を見て仕掛けらしきものも見つからずモイは首を傾げる。


「この板はあのクズの発明品でな、俺たちから出てる魔力を色として吸着する素材でできてる」


「クズ?」


 今度はエイガが首をかしげた。


「あいつだよ、お前らを召喚したやつ」


「あぁアレーシアさんっすか」


 エイガがその名を出すとノーマンはまるでゴキブリでも見たかのような顔をする。相当嫌いらしい。


「ノーマンさんってアレーシアさんのことどうしてそんなに嫌いなんすか?」


「その名を出すな、これから食べる飯がまずくなる」 


 ノーマンはフイッとそっぽを向いてしまう。これ以上追及するとノーマンの機嫌がさらに悪くなりそうだったのでエイガはそれ以上の追及をやめた。


 すると栗原がまた何かを書き込み始めた。


 また昨日みたいに爆弾発言みたいなもの落とさないよな?

 エイガは内心ハラハラしながらその書かれていく文字を見守る。


――魔力を吸着するということは私たちからも魔力が出ているということですか?紋章なしなのに?


 原色に近い赤色の線で黒板にそう書かれていた。


「あぁ確かに!」


「なんて書いてあるんだ?」


 ノーマンが首をかしげている横でエイガは改めて栗原を見る。おとなし気なそばかす少女だと思っていたが、そんな考え、自分は思いつきもしなかった。

 栗原さんって、もしかして頭いい?

 人間というのは単純なものでかけている瓶底眼鏡すら知能の証みたいに見えてくる。エイガには栗原がなんだか知的な天才少女に見えてきていた。


「栗原さんって頭いいな!」


 エイガがそう言うと栗原はまたそっぽを向いた。やっぱり何かしたのだろうか。


「おいエイガ、翻訳しろ」


「あ」


 そうだった。エイガと栗原には慣れ親しんだ日本語だが、さっきの本を見る限りこの世界にはこの世界の文字がある。


「俺たちの魔力を吸着するってことは紋章なしの俺たちにも魔力があるってことなんですかって栗原さん言ってます!」


「はぁ、そう読むんだな。お前たちの文字って線が少ない多いの差が激しくないか?」


「普通の日本語っすよ」


――多分漢字と平仮名の違いのことを言ってるんだと思う。


 栗原は余白にそう書きこんでエイガに見せてきた。


「はぁ、確かに言われてみれば。漢字全然読めないから考えたことなかった、ハハハ」


 この発言を聞いて栗原が呆れたようにエイガを見つめていたことを彼は知らない。


「まぁいい、それよりお前たちに魔力があるのかという質問だったな、結論から言うとあるぞ」


「え!マジっすか!」


 エイガも黒板を指でなぞってみると確かにそこには薄い黄色の線がスッと通った。


「本当だ!俺にも魔力あるんっすね!」


 するとエイガは椅子から飛び降り、腰をかがめ、前に両手を突き出して目を閉じる。


「おいなにやってる」


「魔法を使えるか試してるんっす、ノーマンさんが出してた蝶を出してみたいっす」


 しかしどれだけ念じても体が熱くなるような感覚も、使ってるという感覚もやってくることはなかった。ノーマンがエイガの奇行を止める。


「エイガやめろ、どれだけそんな意味のわからん恰好をしても魔法が使えることは一生ない」


「えぇ~俺やっぱり見込みなしっすか」


「お前希望を見出すのは早いのに、なくすのも一瞬だな」


「ブフッ」


 ふとノーマンでもエイガでもない吹き出す声が聞こえた。その声が聞こえた方向を見ると栗原が笑っていた。顔は黒板で遮っていて見えないが肩がプルプルと震えているのを見て、笑っているのだと確認できる。

 2人が黙って栗原が笑っている姿を見ているのに気が付いたのか、肩の動きが止まって黒板の後ろから出てきた栗原の顔は、真っ青だった。

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