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第9話 免罪

「あの、さっきはすみませんでした!」


 そう言ってエイガは勢いよく頭を下げた。

 しかし下げた頭がコツンとランタンに当たり、火がエイガの頭に燃え移った。


「え、うわっ!アチチチ!」


「は?え?」


 目の前で起きたことにノーマンは理解が追いつかないようだった。

 エイガは熱さと焦りでそこら辺を悲鳴を上げながら駆け回ったが、モイがそこにあったバケツを手に取り、それをかけたことによって難を逃れた。しかし火が消えて安心したのがいけなかったのか、エイガの足は石畳の上でツルリと滑り、後頭部を思いっきりぶつけた。


「っー」


 エイガが声にならない痛みに悶えて頭を押さえていればノーマンが横になったエイガに歩み寄り上から覗き込んできた。


「お前一体何がしたいんだ……」


「……謝りたかっただけっす」


 呆れ顔のノーマンに、大の字で床に寝転がっているエイガは遠い目をしながらそう答える。ノーマンはハァと小さくため息をついた。

 あぁ失望されたかな。


「さっきから、家に入ってこないわ、頭を燃やすわで――それに謝るって何をだ、意味がわからん」


 ノーマンが心底わからないといった顔でそう聞くので、エイガと一緒になって栗原も一緒に首を傾げる。


「さっき、変なことお願いしちゃったから。ノーマンさんも怒ってたじゃないですか」


「は?いつ?」


 先程と同じドスの聞いた声。

 どうやらこの声がノーマンの通常の声らしい。

 ということは――


「本当に怒ってないんすか?」


「だから俺がいつ怒ってるような素振りを見せたんだよって聞いてるんだが」


 本当に怒っていなかったらしい。

 あんなドスの聞いた声出しておいて?


「な、なんだぁ~……」


 そう思うとなんだか気が抜けてきて、ハハハと笑いが漏れてきた。


「なーんだ……ノーマンさんの声が怖いだけだったのかぁ」


「これは怒っていいんだよな?」


「そっかそっかぁ〜」


 エイガが心底安心したような顔で笑うので、ノーマンは困惑したように栗原に視線を送ったが、栗原が肩をくすめて見せたので、ノーマンはわけがわからないと言ったように、エイガを見つめた。


「良かった良かったぁ」


 エイガが少しチリチリになった頭を摩りながら、顔をどんどん綻ばせる。そんな姿を見ていたノーマンと栗原だったが、そのうちつられて2人も一緒に笑ったのだった。


「あーあ、ビチョビチョだ」


 エイガが苦笑しながらその体を起こそうとした時だった。


「待て、流石にこの石畳であのコケ方をした奴は放っておけん」


「え?」


 ノーマンが手で制して、エイガの体勢を戻した。


「ちょっと待ってろ」


 ノーマンが横に手を伸ばすと、フッと大きな杖がノーマンの手に現れる。


「魔法の杖?なんで?」


「ブルム」


 そうノーマンが呟けばどこからともなく、金色の蝶が一匹姿を現した。


「えぇ!?」


 またエイガが起き上がりそうになったのでノーマンはガシッとエイガの頭を鷲掴みにして、床に押さえつけた。


「痛っ!ノーマンさん痛い痛い!」


「さっきから意味分からんこと言ってるし、ワンチャンやってるぞ、頭を見るからじっとしてろ」


 現れた蝶はひらりひらりと舞い、ノーマンが差し出した指へとその足を絡める。


「ちなみにそれなんていう蝶っすか?それとも魔法?」


「お前はもう少し静かにしてろ、ブルム、こいつの頭を見てやってくれ」


 ノーマンがそう蝶に話しかけるとひらりひらりとその蝶は羽ばたきエイガの頭に向かってくる。


「え、え」


 この蝶はいつ止まるのかと思っていれば、その蝶はエイガの頭をすり抜けていってしまった。


「えぇ!」


「うるさい」


「あ、はいすんません」


 エイガが口をつぐむのと同時くらいに先程エイガの頭に消えていった蝶がノーマンの指へと戻って来る。


「頭の中に出血はなし、せいぜいじゃりっぱげができるくらいだろうな、ブルムあリがとう。もう仲間のところへ戻っていいぞ」


 ノーマンがそう言えば、蝶はゆっくりと羽を動かし始めて飛び立ち、パタパタと空に向かっていく。


 エイガと栗原、2人が蝶を目で追っていれば、蝶は夜空に光の粒になって消えたのだった。


「蝶が……消えた」


「……」


 2人があっけに取られていると、エイガを見下ろしながらノーマンがふと口を開く。


「にしてもお前、素でその頭なのか」


「唐突に悪口言ってくるじゃないですか」


 エイガが頭を摩りながら、起き上がるとジクジクとした痛みが背中と頭に広がった。


「いってぇ、心も身体も」


 顔を歪めるエイガにノーマンは違うと首を振った。


「いや。見て分かったがお前普通の人間より2倍くらい頭蓋骨が分厚い。頭が硬いことはいいことだぞ。矢が当たっても助かる可能性が増える。確かに頭もおかしいとは思うが」


「頭おかしいって言っちゃってるじゃないっすか」


 エイガが色んなところを摩っているとノーマンがふと肩に手を置いた。じんわりと肩が熱くなり、先程まで痛んでいた部分が大方痛くなくなった。


「あとは自分で治せよ」


 ぶっきらぼうにそう言い放って踵を返し、玄関へと向かって行くノーマン。


「え、今治癒魔法かけてくれたんすか」


 エイガがそう聞けば、ノーマンはローブを風に靡かせながら顔だけをこちら側に向けた。


「それぐらいはな、いくら頭に損傷がないとは言え痛いだろう」


 ふとさっきのノーマンの声がフラッシュバックする。


――子供のおもちゃじゃねぇんだよ、四天王の魔法は


 エイガは少し震える声でその言葉を復唱する。


「さっき、四天王の魔法は子供のおもちゃじゃないって……」


「はぁ?」


 ノーマンのドスの聞いたハァ?にびくりと肩を揺らすエイガ。


「何言ってるんだ、俺の魔法は怪我人のためにあるんだよ、お前の治療のどこが子供のおもちゃみたいな使い方なんだ」


「でも俺役立たずっすよ?治したってなんにもこの国には役立てないんすよ?」


 ハッとエイガは口を押さえた。これがエイガの本音だった。この世界で自分は生きていられるのか、そもそも生きている価値があるのか。日本ではそんなこと全員に当たり前のように与えられていた価値だけどこの国はきっと違う。自分で言った言葉なのに、まるで胸を抉るように刺さる言葉だった。


 ノーマンはピタリと立ち止まり、くるりと体をエイガに向ける。その瞳はいつも気怠げな目ではありながらも真っすぐとエイガの瞳へと向けられていた。


「お前が役立たずかどうかはまだ分からんだろう」


 その答えはエイガの想像していたものとは違った。エイガはその答えに目を見開くが、また目を伏せてしまう。


「でも紋章だってないし」


「安心しろ、俺も紋章は持っていない」


 しかしまだ腑に落ちない顔でエイガは俯いたまま、裾を握る。その姿にノーマンはまた一つため息をついて、エイガに歩み寄った。


ポン


 頭にのしかかった重い感触にエイガは顔をあげる。ノーマンがエイガの頭に手を乗せていたのだ。


「人が評価されるべきなのは生きている時じゃない、死んだ時だ。俺の役目はまだ評価されてない奴らも評価されてる奴も全員ひっくるめてその評価を出せる時まで命を繋ぐことだ」


 グリグリとその手を動かし、エイガは困惑しながらもされるがままになる。


「お前の役立たずは助けるべきじゃない理論で言っても、お前を助けることも俺にとっては理に適っていると思うんだがどうだ?」


「よく……わからないっす」


 俯いたままのエイガにノーマンはそうかと一瞬考えて、あぁと声をあげる。


「そうだな、じゃあお前は非力で弱い赤ん坊が怪我をしていたら見捨てるべきだと思うか?」


「え?それは絶対ないっす」


「何故だ?役には立たないだろ?」


「でも子供っす、その子には未来があるんですよ?」


「そうだな、俺もそう思う。お前はそれと一緒だ」


 エイガがハッとして顔をあげるとノーマンはニヤリと笑った。


「自惚れるなよ、ガキ」


 ポンポンと頭を軽く叩いて踵を返し、玄関へとまた歩き出したノーマン。その背中がエイガにはとても大きなものに見えた。頼りがいのある、安心できるような背中。エイガは胸にこみ上げてきたものをそのまま言葉にした。


「俺、ノーマンさんのこと結構好きっす!」


するとまたノーマンは振り返り、一瞬キョトンとしたあと苦虫を潰したような顔をした。


「気色悪いこと言うんじゃねぇ」


「ひどぉい」


「……」


 栗原はふとそんな2人を見て何故か拳を握りしめ、顔を歪ませた。しかしすぐに無表情に戻って2人の後ろをついていく。


 こうして栗原とエイガとノーマンはやっと同じ屋根の下に入ったのだった。

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