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返信まで3分

作者: 一条あかり

返信まで3分



俺の名前は田中慎也。

工学部二年の、どこにでもいる平凡な大学生だ。


毎日同じルーティン、同じ生活。

朝起きて、講義を受けて、コンビニでバイトして、また寝る。

正直、退屈な日々だった。


そんな俺に、たった一つだけ楽しみがある。


SNSで知り合った「みーちゃん」とのやり取りだ。


彼女には不思議な特徴がある。

どんなメッセージを送っても、必ず三分以内に返信してくれるのだ。

しかも、ただ早いだけじゃない。

いつも心のこもった、温かい返事をくれる。


『バイト疲れた〜。今日はもうダメかも』

送信 22:18


『お疲れ様!慎也くんいつも頑張ってるもんね。

温かいお茶でも飲んで、ゆっくり休んでね♪体調には気を付けてね!』

受信 22:20


きっちり二分。いつもこんな感じだ。


出会いは半年前の深夜。

俺が好きなアニメ「星降る夜に」の最終回について、思わず長文で感想をツイートした時だった。


『このアニメ、最後のシーンで号泣しました...

慎也さんの感想、すごく共感します!』


そのリプライが的確すぎて、思わずDMを送ってしまった。

そこから毎日のようにやり取りが続いて、今では俺の日常に欠かせない存在になっている。


朝の「おはよう」から始まって、講義の愚痴、バイトでの小さな出来事、深夜のアニメ談義まで。

どんな話でも、みーちゃんは真剣に聞いてくれる。


『電気回路の講義、マジで意味不明だった。

数式見てるだけで頭痛い』

送信 15:33


『理系の勉強って大変だよね><

でも慎也くんなら絶対理解できるよ!

私も文学のレポートで苦戦中...お互い頑張ろう!』

受信 15:35


こんな風に、いつも俺を励ましてくれる。


彼女について知っていることは少ない。

同じ大学に通っているらしいこと、文学部っぽいこと、家族想いで少し人見知りなこと。

でも、毎日話しているうちに、まるで幼馴染のような親近感を覚えるようになっていた。


ただ、一度も会ったことがない。


「今度カフェでも行かない?」何度かそう誘ったことがある。

でも彼女は「もう少し時間をちょうだい」と、いつも優しく断る。

最初は寂しかったけれど、今は彼女のペースを大切にしようと思っている。


それに、みーちゃんとのやり取りは俺の支えだった。


正直、大学生活は期待していたほど楽しくない。

工学部は男子ばかりで殺伐としているし、サークルにも馴染めなかった。

コンビニの夜勤バイトは時給はいいけど、基本的に一人の作業。


友達らしい友達もいなく、高校時代の友人とは疎遠になり、一人暮らしのアパートで過ごす時間が長い。

そんな毎日の中で、みーちゃんとの会話だけが心の支えになっていた。


『今日バイトで、常連のおばあちゃんが「いつもありがとう」って手作りのクッキーくれたんだ』

送信 21:08


『素敵!慎也くんの人柄が伝わったんだね✨

きっとそのおばあちゃんも慎也くんに会えて嬉しかったと思う』

受信 21:10


実際に会ったことがないのに、みーちゃんは俺のことを誰よりも理解してくれる。

俺の性格や価値観を受け入れて、いつも前向きな言葉をかけてくれる。


正直、恋に似た感情を抱いている。


でも、顔も知らない相手に恋をするなんて、現実的じゃないよな。

もしかしたら、俺が勝手に理想化しているだけかもしれない。


それでも、スマホを開くたびにみーちゃんからのメッセージを探してしまう。

彼女の返事を読むと、自然と笑顔になる。

この気持ちを大切にしたいと思った。


『明日は図書館でレポート地獄だ。

プログラミングの課題も溜まってるし...』

送信 21:15


いつものように返信を待つ。

時計を見る。21:16、21:17、21:18...


あれ?


三分が過ぎても、返事が来ない。


みーちゃんが三分を過ぎるなんて、今まで一度もなかった。

本当に一度も。

体調不良で寝込んでいる時も、忙しい時も、必ず三分以内には返事をくれていた。


(何かあったのかな...)


きっと何か急用ができたのだろう。

そう思って俺はベッドに入ったが、なぜか胸がざわついて、なかなか眠れなかった。




翌朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。


真っ先にスマホを確認する。通知はない。

みーちゃんからの連絡もない。


不安が胸を締め付けた。


『おはよう!昨日は忙しかった?体調大丈夫?』

送信 7:30


シャワーを浴びながらも、着替えながらも、何度もスマホをチェックする。

でも返事は来ない。


7:33、7:45、8:00...


初めて経験する沈黙だった。


講義に集中できない。

プログラミングの授業中も、機械学習の講義中も、頭の中はみーちゃんのことばかり。

膝の下にスマホを隠して、こっそりメッセージをチェックするが、通知は来ない。


昼休み、学食で一人カレーをかき込みながら考えた。

もしかして、俺が何か不適切なことを言ったのだろうか?

昨日のやり取りを何度も読み返すが、いつも通りの他愛のない会話だった。


『心配してる。返事待ってるから』

送信 12:15


既読もつかない。


同じ学部の山田が話しかけてきた。


「田中、最近元気ないな。何かあったのか?」


「いや...別に」


「女にでも振られたか?」


その言葉が胸に刺さる。

彼女と呼べる関係ですらないのに、こんなに動揺している自分が情けなかった。


夜勤のバイトも集中できなかった。

コンビニの深夜時間、客足が途絶える中で、俺は何度もスマホを見つめた。

いつもならこの時間にみーちゃんと長話をするのに、今夜は一人きりの静寂だけが続く。


『みーちゃん、大丈夫?何でもいいから一言だけでも』

送信 0:22


翌日も、その翌日も、返事は来なかった。


『無理しないで。元気な時でいいから連絡して』

『俺、何か変なこと言った?』

『心配で仕方ない。生きてるって教えて』


送信履歴には俺のメッセージだけが並んでいく。

まるで独り言を呟いているようで、見るたびに惨めな気持ちになった。


一週間が過ぎた頃、山田に心配された。


「田中、明らかにやばいぞ。大丈夫か?お前、飯も食ってないだろ?」


確かに食欲がない。夜も眠れない。

講義中もぼーっとしてしまう。


「何かあったら相談しろよ。友達だろ?」


山田の優しさが身に染みたが、この状況を説明するのは難しかった。

実際に会ったことがない相手を心配していることを、どう話せばいいのか。


でも、その時ふと思い出したことがある。


以前、みーちゃんが何気なく言っていた言葉。


『私も慎也くんと同じ大学なの。

広いキャンパスだから、きっとすれ違ってるかもね』


『え、本当に?今度会えるといいな』


『ちょっと恥ずかしいけど...そうですね』


もしかして、本当に同じ大学にいるのかもしれない。


でも、どうやって探せばいいんだ?

顔も知らないし、本名も学部も分からない。それでも、何もしないよりはマシだった。


みーちゃんは読書が好きだと言っていた。きっと図書館にいる可能性が高い。


俺は決意した。毎日図書館に通って、彼女を探してみよう。



図書館通いを始めて三日目、俺は一人の女性に注目した。


いつも奥の角の席に座り、静かに本を読んでいる女性。

長い黒髪を耳にかける仕草が上品で、読書に集中する横顔がとても美しい。


彼女が読んでいるのは主に日本の近代文学。夏目漱石、森鴎外、太宰治...

みーちゃんが好きだと言っていた作家たちだった。


ある日、彼女が「こころ」を読んでいるのを見て、思わず声をかけそうになった。

俺も高校時代に読んで感動した作品だったから。でも結局、勇気が出なかった。


(まさかな...)


でも、彼女の雰囲気はみーちゃんから想像していたイメージと重なる部分があった。

知的で、落ち着いていて、どこか控えめで...


三週間図書館に通い続けたが、確証は得られなかった。


みーちゃんからの連絡は、まだない。


俺は次第に諦めの気持ちが強くなっていた。

半年間続いた関係も、所詮はネット上だけのもの。

現実の前では、こんなにも脆いものなのかもしれない。


それでも、習慣のように図書館に通い続けた。

もはや、みーちゃんを探すためというより、静かな場所で時間を過ごしたいという気持ちの方が強くなっていた。


その日は、いつものように午後の図書館にいた。


例の女性も、いつもの席で本を読んでいる。

今度は太宰治の「人間失格」だった。


俺は少し離れた席で、プログラミングのテキストを開いていたが、文字は頭に入ってこない。


その時、彼女のスマホが光った。


彼女は慌てたように画面を確認し、指を動かし始める。

その仕草を見ていて、俺は既視感を覚えた。

速いけれど丁寧なタイピング、時々止まって考え込む癖...


(まさか...)


心臓が早鐘を打った。


俺は震える手でスマホを取り出し、三週間以上音沙汰ないみーちゃんにメッセージを送った。


『久しぶり。元気にしてる?』

送信 14:32


その女性のスマホが光る。


彼女は画面を見て、明らかに動揺した。

そして俺の方をちらっと見た後、慌てて画面に向かった。


俺の呼吸が荒くなる。


『もしかして...君がみーちゃん?』

送信 14:33


女性の手が完全に止まった。


彼女はゆっくりと顔を上げ、俺の目を見つめた。

その瞬間、すべてが繋がった。優しい眼差し、画面越しでも感じていた温かさ。


俺は椅子から立ち上がった。


「水野美月です」


彼女は震え声で言った。


「SNSでは...みーちゃんって名前で…」


俺は彼女の席まで歩いていく。


「田中慎也です。ずっと、君と話していた」


図書館の外、中庭のベンチ。俺たちは並んで座っていた。


「ごめんなさい」


美月の最初の言葉だった。


「どうして返事をくれなかったの?俺、何かした?」


「違うんです。慎也くんは何も悪くない。」


美月は俯いて、小さな声で話し始めた。


「私...最初から慎也くんだって分かってました」


「え?」


「図書館で時々お見かけしていて。プロフィールの情報と照らし合わせて、きっとあの人だって」


俺は驚いた。彼女の方が先に気づいていたなんて。


「それでSNSでやり取りを?」


「最初は偶然でした。

でも、お返事をくださって嬉しくて...毎日お話しするのが楽しくて」


美月の声が次第に小さくなる。


「でも、だんだん苦しくなってきたんです。

慎也くんへの気持ちが友達以上になって...

でも私は人見知りで、現実では上手く話せない。

SNSの『みーちゃん』と本当の私は全然違うんです。」


「それで連絡を?」


「そのギャップが怖くて...

慎也くんがガッカリしたらって思うと、怖くて連絡できなくなりました。」


俺は美月の手を取った。


「そんなことない。毎日君と話していて分かった。

君は本当に優しくて、思いやりがある。それは『みーちゃん』も美月も同じでしょ?」


美月は涙ぐんでいた。


「私...慎也くんのことが好きになってしまいました。

でも、会ったこともない相手を好きになるなんて」


「俺も同じ気持ちだよ」


美月は驚いて顔を上げた。


「本当に?」


「本当。実は君のことも前から気になってた。

図書館でいつも静かに本を読んでる姿を見て、素敵な人だなって」


「そんな...偶然」


「偶然じゃない。運命だったんだ」


俺は美月の手を握った。

初めて触れる彼女の手は、想像よりもずっと小さくて、温かかった。



美月と付き合い始めてから、俺の日常は一変した。


毎日図書館で一緒に過ごし、キャンパス内のカフェでコーヒーを飲み、時には街に出かけたりもした。

美月は最初こそ緊張していたが、だんだんと自然に話せるようになった。


面白いことに、彼女の「三分ルール」は現実でも健在だった。


「今度の日曜、映画を見に行かない?」


そう誘うと、美月は少し考える。


「はい、お願いします」


きっちり三分後の返事だった。


「どうして三分なの?」


「すぐ答えると軽薄に思われそうだし、遅すぎても失礼かなって。

相手のことを考えた時間として、三分がちょうどいいんです」


そんな彼女の気遣いに、俺は改めて惹かれた。


初めてのデートは街の映画館だった。美月が選んだのは古い恋愛映画。

俺にはよく分からない内容だったが、美月の解説を聞いていると面白くなってきた。


「どうでした?」


「君が一緒だったから、すごく楽しかった」


美月は嬉しそうに微笑んだ。


映画の後、商店街の古書店に立ち寄った。

美月が本について語る時の表情は、SNSでのやり取りで感じていた知的さそのものだった。


「この本、おすすめです」


美月が手に取ったのは、宮沢賢治の詩集だった。


「今度一緒に読んでみる」


「本当に?嬉しいです」


こんな風に、俺たちの関係は自然に深まっていった。



付き合って二ヶ月後、俺は美月を実家に連れて行った。


「緊張します...」


美月は俺の手を握りしめていた。


「大丈夫。きっと気に入ってもらえる」


実際、両親は美月を気に入った。


「慎也の彼女さんは、本当に素敵な方ね」母親は俺に耳打ちした。


父親も美月の読書好きな一面を評価していた。


「最近の若い人は本を読まないと言うけれど、美月さんは違うんだね」


「本が一番の友達です」

美月は緊張しながらも、しっかりと答えていた。


帰り道、俺は美月に聞いた。


「どうだった?」


「とても優しいご両親で...安心しました」


「よかった」


「慎也くんがあんなに優しいのも、ご両親の影響なんですね」


そんな美月の言葉が、俺はとても嬉しかった。




ある夕方、俺たちはいつもの中庭のベンチにいた。初めて出会った、思い出の場所だ。


夕日が美月の横顔を照らしている。


「美月」


「はい?」


俺は深呼吸をした。


「俺と...結婚を前提に付き合ってください」


美月は目を丸くした。そして、いつものように考える時間を取った。


三分、五分、十分...


今回は長かった。

俺は不安になりかけたが、美月の表情は困っているというより、整理をしているように見えた。


「慎也くん」


ようやく美月が口を開いた。


「私でいいんですか?人見知りで、積極的じゃなくて...」


「君がいい。君だから好きになったんだ」


美月の目に涙が浮かんだ。


「私も...慎也くんが大好きです。はい、お願いします」


俺たちは手を握り合った。SNSで始まった関係が、ついに現実の愛に変わった瞬間だった。



就職活動の結果、俺は東京のIT企業に、美月は大阪の出版社に決まった。


卒業式の日、俺たちは最後のデートをした。

いつもの中庭のベンチで、お互いの将来について話し合った。


「寂しくなりますね」


美月が俺の手を握りながら言った。


「でも大丈夫。最初からSNSで繋がってたんだから、距離なんて関係ない」


「本当に?」


「本当だよ。それに、月に一度は必ず会いに行く」


美月は安心したような表情を見せた。


「私も頑張ります。

出版の仕事、慎也くんに自慢できるように頑張ります。」


「俺も、美月を支えられるよう一生懸命働く」


離れ離れになっても、俺たちの関係は以前よりも強くなった。

毎日のSNSでのやり取りは続いている。美月の「三分ルール」も健在だ。


『お疲れ様!今日も一日頑張ったね』

送信 18:30


『慎也くんもお疲れ様♪ 今日はどんな一日でしたか?』

受信 18:33


きっちり三分。変わらない美月らしさに、俺は毎回微笑んでしまう。


でも、遠距離恋愛には予想していなかった困難もあった。


仕事が忙しくなると、お互いの連絡のタイミングがずれることが多くなった。

俺が会社でプロジェクトに追われている時、美月は編集の仕事で深夜まで残業。

すれ違いの日々が続いた。


『今日も遅くなりそう。先に寝ててね』

送信 22:45


『お疲れ様。体調に気をつけて』

受信 22:48


三分ルールは守られているが、以前のような長い会話は難しくなっていた。


そんな中、初めての危機がやってきた。


俺の会社で新しいプロジェクトが始まり、チームリーダーを任されたのだ。

責任は重いが、やりがいもある仕事だった。

でもそれは、美月との時間をさらに削ることを意味していた。


『プロジェクトリーダーに選ばれた!でも忙しくなりそう』

送信 19:30


『おめでとう!慎也くんなら絶対大丈夫。応援してる』

受信 19:33


美月はいつものように俺を励ましてくれた。

でも、心のどこかで申し訳なさを感じていた。


プロジェクトが本格化すると、俺の生活は一変した。

朝早くから夜遅くまで会社にいることが多くなり、休日も資料作りに追われた。

美月に会いに行く時間も取れなくなった。


『今月の大阪行き、キャンセルしなきゃいけない。本当にごめん』

送信 20:15


『大丈夫。お仕事頑張って』

受信 20:18


美月の返事は短かった。

いつもなら励ましの言葉がたくさん添えられるのに、今回は違った。


不安になった俺は電話をかけた。


「美月?大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


でも、声のトーンがいつもと違っていた。


「本当に?なんか元気ないみたいだけど」


「少し疲れてるだけです。慎也くんも忙しいでしょうから、無理しないでください」


電話を切った後、俺は不安になった。

美月に不安と負担をかけているのではないか。



プロジェクトが始まって二ヶ月。俺たちの関係に変化が現れ始めた。


美月からのメッセージが短くなった。

以前は長文で様々なことを話してくれたのに、最近は業務的な返事が多い。

三分ルールは守られているが、内容に温かみがなくなってきた。


『今日はプレゼンがあった。うまくいったと思う』

送信 21:00


『お疲れ様。よかったですね』

受信 21:03


こんな感じの、素っ気ない返事が増えていた。

心配になった俺は、久しぶりに長いメッセージを送った。


『美月、最近元気ない?何か悩み事があったら聞くよ。俺たちの関係、大丈夫?』

送信 21:30


三分経っても返事が来ない。五分、十分...


珍しく、美月が三分ルールを破った。


『ごめんなさい。少し考えることがあって』

受信 21:45


『何を考えてるの?』

送信 21:46


『慎也くんは今、お仕事で充実してますよね』

受信 21:49


『まあ、忙しいけど...それがどうかした?』

送信 21:50


『私、慎也くんの足を引っ張ってるんじゃないかって思うんです』

受信 21:53


俺は驚いた。


『そんなことあるわけない!なんでそう思うの?』

送信 21:54


『最近、私のことで悩ませてしまってるでしょう?

仕事に集中した方がいいんじゃないかって』

受信 21:57


これは実際に話し合った方がいい。

俺は慌てて電話をかけた。


「美月、そんなこと考えないで」


「でも...」


「俺にとって君は一番大切な人だ。

仕事も大事だけど、君がいなかったら意味がない」


美月は泣いているようだった。


「ごめんなさい...最近、一人でいることが多くて、不安になってしまって」


「俺こそごめん。

忙しくて、君の気持ちを考えられてなかった」


「慎也くんは悪くありません。私が弱いだけです」


「弱くなんかない。君は十分頑張ってる」


その夜、俺たちは久しぶりに長電話をした。

お互いの不安や想いを正直に話し合った。


「実は、職場で先輩に『遠距離恋愛は続かない』って言われて...」


美月が打ち明けた。


「気にしなくていい。

俺たちは最初からネットで繋がってたんだ。距離に負けるはずない」


「本当に?」


「本当だよ。今度の休みは絶対に会いに行く。

仕事も大切だけど、君の方がもっと大事だから」


美月の声が明るくなった。


「ありがとう。私も、もっとしっかりします」


「君はそのままでいい。俺が君を支える」


電話を切った後、俺は反省した。

仕事に夢中になって、美月の気持ちを疎かにしていた。

これからは、もっと彼女のことを考えよう。


翌週、俺は有給を取って大阪に向かった。

美月との再会は、久しぶりに心から嬉しいものだった。


「慎也くん!」


駅で俺を迎えた美月は、以前の明るさを取り戻していた。


「久しぶり。会いたかった」


「私も!」


その日、俺たちは大阪の街を歩き回った。

新しくできたカフェ、美月が最近見つけた古書店、夜景のきれいな展望台。


「お仕事、大変なのに来てくれてありがとう」


美月が俺の手を握りながら言った。


「当たり前だよ。君のためなら何でもする」


「私も、慎也くんのために頑張ります。

出版の仕事、もっと覚えて、いつか慎也くんに自慢できるような人になりたい」


「もう十分自慢の彼女だよ」


その夜、俺たちはこれからのことについて話し合った。


「いつか一緒に住めるといいね」


美月が言った。


「必ずそうする。そのために俺も頑張るから、美月も自分の仕事を大切にして」


「はい」


遠距離恋愛の困難を乗り越えて、俺たちの絆はさらに深まった。

離れていても、心は一つだということを実感できた。




それから一年。俺たちはお互いの仕事で成果を上げていた。


俺が担当したプロジェクトは大成功を収め、会社で昇進の話も出始めた。

美月も編集者として力を付け、担当した本が賞を受賞するという快挙を成し遂げた。


『美月の担当した本が文学賞を受賞したって?すごいじゃない!』

送信 16:30


『ありがとう♪ まだまだ勉強中だけど、少しずつ形になってきました』

受信 16:33


『俺も負けてられないな。今度の企画、絶対成功させる』

送信 16:34


『慎也くんなら大丈夫。いつも応援してるから』

受信 16:37


お互いを高め合える関係になっていた。

そんな中、俺は大きな決断をした。

会社の大阪支社への転勤を希望したのだ。


上司は驚いた。


「田中くん、東京での昇進の話があるのに、なぜ大阪?」


「個人的な理由です。大阪でも必ず結果を出します」


「彼女のことか?」


「はい」


上司は苦笑いした。


「まあ、君の実力なら大阪でも活躍できるだろう。考えておく」


その日の夜、俺は美月に連絡した。


『実は相談があるんだ。今度会った時に話したい』

送信 19:00


『どんなお話ですか?』

受信 19:03


『驚くと思うよ。でも、きっと喜んでもらえる』

送信 19:04


『気になります...でも楽しみに待ってますね』

受信 19:07


翌月、俺の転勤が正式に決まった。大阪支社の新規事業担当としての配属だった。

大阪で美月と会った時、俺はそのことを報告した。


「え!?本当ですか?」


美月は目を丸くした。


「本当。来月から大阪で働く」


「でも...東京でのお仕事は?」


「大阪でも新しい挑戦ができる。それに、君と一緒にいられる」


美月の目に涙が浮かんだ。


「慎也くん...私のために?」


「俺のためでもある。君と離れてるのは、やっぱり辛いから」


美月は俺に抱きついた。


「ありがとう!嬉しい!」


「これで毎日会えるね」


「はい!」


そして俺は、美月にもう一つのサプライズを用意していた。



大阪での生活が始まって半年。

俺は新しいマンションを契約していた。


そして今日、美月をそこに招待した。


「素敵なお部屋ですね」


美月が部屋を見回しながら言った。


「気に入った?実は...」


俺は深呼吸をした。


「美月、ここで一緒に住まない?」


美月は驚いて俺を見た。


「え?」


「結婚を前提に、同棲しよう。君がよければだけど」


美月はいつものように考える時間を取った。

でも今回は一分ほどで答えが返ってきた。


「はい、お願いします!」


そして俺は、最後のサプライズを取り出した。


小さな箱。中には美月への婚約指輪が入っている。


「美月」


俺は片膝をついた。


「俺と結婚してください」


美月は息を呑んだ。


そして、いつものように考える時間を取った。一分、二分、三分...


でも今回は三分を過ぎても答えなかった。五分、十分...


俺は不安になりかけたが、美月の表情を見ると、困っているのではなく、感動で言葉が出ないだけのように見えた。


十五分後、美月はようやく口を開いた。


「はい...」


声が震えている。


「喜んで、お願いします」


俺は立ち上がり、美月を抱きしめた。


「三分どころか、十五分も過ぎちゃったね」


俺が冗談めかして言うと、美月は涙を流しながら笑った。


「すみません...嬉しすぎて、言葉が出なくて」


「いいんだよ。これからも、君らしいペースで」


その夜、俺たちは将来のことについて話し合った。


「結婚式はいつにしましょう?」


「美月が決めて。三分...いや、ゆっくり考えていいから」


「ありがとう。でも、私はもう決めています」


「え?」


「来年の春がいいです。桜の季節に」


「なんで?」


「私たちが初めて出会った季節だから」


俺は美月の手を握った。


「素敵だね。桜の季節に結婚しよう」


結婚式の日、俺たちは大学の近くの小さな教会で式を挙げた。

両親や友人たちに見守られながら、俺たちは永遠の愛を誓った。


「慎也くん、三分ルール、結婚してからも続けてもいいですか?」


美月がウエディングドレス姿で言った。


「もちろん。それが君らしさだから」


「でも、今度は一緒にいるから、返事を待つ時間も愛おしく感じられそうです」


俺たちの物語は「返信まで3分」から始まった。

SNSの画面越しで育んだ愛が、現実の世界で花を咲かせた。


美月の三分間は、相手を思いやる優しさの表れ。

そしてその優しさこそが、俺たちを結びつけた真の理由だった。


今でも美月は、大切な返事をする時はすこしまって三分考える。

でも今は、その三分間を俺も一緒に過ごせる。


俺たちの愛は、三分という短い時間に込められた、とても大きなもの。


そして、これからもずっと続いていく。

新婚旅行先のホテルで、美月がスマホを見ながら言った。


「慎也くん、これからもSNSでやり取りしましょうか」


「同じ部屋にいるのに?」


「たまには、ですよ。初心を忘れないために」


俺は笑った。


「いいね。でも今度は、返信まで三秒でもいいよ」


「だめです。三分は三分。

大切な人への返事は、ちゃんと考えてからじゃないと」


そんな美月が、俺はやっぱり愛おしかった。

三分という時間に込められた愛。それは俺たちの永遠の約束だった。


【完】

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