第18話 旅の縁は丸いお菓子のように
【異世界旅行 - 三日目】
アクアマリンのように輝く湖を背に、村上は大きなリュックを背負いながら歩く。
次は北にある街を目指す。
「途中、エメラルド山脈を横断します。
その後、港町に向かうルートが本土グランディアへの行程ですね」
本土グランディア、それは村上とリリーベルの雇用契約の終了地。
護衛役として雇われているので期限付きなのは仕方がない。
ふと思い返すと、やはり寂しさがこみ上げる。
村上は沸き上がる思いを知ってか知らずか、新たな《《雇い主》》が村上の前で振り返った。
「師匠の今日のお昼ご飯楽しみだにゃー」
「師匠呼びは勘弁してくれ」
「じゃ、料理を教えてくれる目的で雇ってるから、先生かにゃ?」
「師匠で良いです……」
にゃを付けて喋ることに抵抗がなくなった彼女は、アウラレイクを出てからというもの、元気いっぱいな少女へと変貌していた。
頭の上にある黒猫耳は好奇心に満ち溢れているように過敏に動く。
「しかしあんな綺麗な髪を切ったのは、もったいなかったんじゃないのか?」
「ロロ、今の髪形も可愛くて似合ってますよ」
ロロはくすぐったそうに髪に頬をうずめた。
光を反射して輝くような銀髪の長髪は、今や肩にかからないほどのボブカットになっていた。
服装もお嬢様を表現するような豪華絢爛なドレスではない。
「えへへ、ミャウ族は旅立ちの日に髪を短くして旅立つ風習があるんにゃ」
くるっとその場で回ると、無駄のない肉付きの長細い足に目が行く。
動きやすいショートパンツ、フード付きのパーカーっぽい上着も相まって、お嬢様というよりは、可愛いスポーツ少女といった風情だ。
腰や太もも、パーカーには小さな鞄がいくつも付いていて、旅行道具を小分けで管理できるようにしているようだ。
「それよりも、わたしもリリーママの行程を追う旅に便乗して良かったにゃ?」
「いえ、わたしこそロロが一緒で心強いです」
歩きながらリリーベルは革の手帳を取り出した。
「記録では、母は冒険者として旅をしながら色々な街の文化と食事を楽しみ、気の合った仲間と世界を巡ったようです」
ぱたんと閉じて村上とロロを、じっと見つめた。
「これは私のわがままです。
けど、私の私だけの仲間と巡りたいんです」
「リリー、ありがとう。
一杯、遊んで、食べて、見て回ろうね!」
ロロがリリーベルの腕を掴んで、二人で微笑み合う。
「旅は良いな。
こうやって人の輪が広がっていくんだな」
思えば、大人になってから誰かと打ち解けることなんてなかった。
この歳になって気の許せる仲間ができるなんて思いもよらなかった。
「……と、そんな時こそこれだな」
アクアレイクで多くの軽食を販売したこと。
チート「ファストフード」のテスターとして、軽食の女神にメールを送ったことで、新たなスキルポイントを獲得していた。
旅立つ前に次なるスキルを開放しておいたのだ。
のどかな草原を横目に歩く道で、メニュー画面を開いて商品タップする。
「リリーベルさん、ロロ。
山登り前のおやつをどうぞ」
「にゃ! こ、これは!?」
耳がぴくんと立ち、お嬢様時代ではドレスの中に隠れていたしっぽが天を突く。
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【本日のおやつ】
・オールドドーナッツ(ミセス・ドウナツ)
・172G
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路肩に大きな布を広げて、3人で座る。
ついでに老人から貰っていた蕾のままの鉢植えを飾る。
心なしか太陽と風に触れて嬉しそうだ。
「「「いただきます!」」」
リリーベルがおしとやかに小さくリングをかじる。
「もぐ、表面がサクサクしてて、中はもっちりで……。
口の中で溶けていく幸せがすごいです……!!」
ロロは見た目から研究しているようだ。
「なんで真ん中に穴が開いてるんにゃ……この菓子」
「確か均等に油で揚げるためとか、火が通りやすくなるとかじゃなかったかなあ……」
「形状も考えて作る必要があるんだにゃあ……って、こ、これ、凄く美味しいにゃ!!」
「な、なぜか、牛乳が心の底から欲しくなります!」
「わ、わかるにゃ!」
「そうだろう、そうだろう。
それがオールドドーナッツの魔力さ」
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【本日のおやつ】
・アイスミルク(ミセス・ドウナツ)
・253G
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メニュー画面をタップして二人にミルクを手渡す。
ドーナツ片手にミルクを飲みほして、青空を見上げる姿から察するに、すでに言葉は不要なようだ。
「ママとパパのために、メモメモしておくにゃ」
料理家見習いとしてロロはさっそく手帳へとメモする。
「リリーベルさん、ちなみにそのエメラルド山脈には危険はないのかい?」
「危険ですか……母の手帳には特になかったと思いますが――」
ぺらぺらとめくると、ふと手が止まる。
まるで見落としていたページを見つけたように、リリーベルはハッと息を飲んだ。
「ハンティングベアーがよく出るようですね」
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