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第1話 異世界ハッピーセット、お待たせしました!

 どこまでも続く異世界の緑の草原。


「朝食は朝牛セット、これは譲れません」


 金髪ロングで前髪のひと房だけ三つ編みで結ったエルフが、控えめな胸を張って断言した。


「牛丼並盛、ぎょく、みそ汁。

 エルフの基本セットと言っても過言じゃありません!」


(過言だろう……)


 白を基本としたローブを羽織り、何処から見ても清楚系エルフ。


 だが現代の料理に異常な執着心を見せる胃袋わんぱくエルフなのだ。


 村上はスーツ姿のまま苦笑いする。


 チートスキル「ファストフード」により、メニュー画面をタップするだけで、現代の軽食が異世界に呼び出される。


「牛肉とタマネギを甘しょっぱいタレで煮詰めた丼もの……」


 切り株に背筋を伸ばして礼儀正しく座っているが、牛丼を前にうずうずと揺れている。


 エルフならぬ牛丼大好きなモンスターなのだ。


「さあ、召し上がれ」


「いただきまーす!」


 光よりも早くマイお箸とどんぶりを掴み、心行くまで口に頬張っていく。


 その姿はリスを彷彿とさせた。


「ふぐ……もぐっ……このお肉、口の中に広がる野性味と文明社会の融合……」


(意味は分からないけど美味しいってことかな……)


「のどに詰まらせないようにね」


 こくこくと少女はうなずき、すぐにドンブリを空にする。


 そして清楚さも忘れて、いつもの台詞を高らかに叫ぶのだ。


「お代わりください!」


 40代スーツ姿のオッサンは、2杯目をかきこむ少女へ優しく微笑んだ。


 今日も現代の想いを塗り替えるように、平和な異世界を旅立つのである。


★☆★

 

 ――転移前に遡る。


「いてっ……」


 飲み会帰りの大学生とぶつかる。


 終電を過ぎた深夜25時。


 村上宗十郎むらかみ そうじゅうろうは、よろめいて地面に手をついた。


『仕事が多すぎて間に合わない?

 言い訳にすんな、ゴミくずが』


 家に帰って、寝て、起きて、仕事。


(誰でもいい。

 俺を、別の場所に連れ出してくれ)


 ストレスのせいで、まともな食事は身体が拒絶していた。


 というか、味覚がなくなってしまった。


(今、全部投げ出したらどうなるだろう)


 果てしない世界をリュック一つで旅をする。


 話し相手がいないと寂しいので一人くらいいてもいい。


 好きな飯を片手に――そうだな。


 久々にあの有名チェーン店のシンプルなハンバーガーと、キンキンに冷えたコーラを片手に新たな世界を満喫したい。


(ん、あの光は……?)


 大通りから小さな路地に曲がる道。


 深夜にも関らず、まばゆい光が軒下より漏れている。


「今日は、朝まであそこで過ごすか」


 眼鏡の傾きを直して、スーツに付いた埃を叩いて立ち上がる。


 神々しい光はファストフード店から漏れていた。


 有名なMのイニシャルと赤と黄色の看板。


 よく見るとMのマークのフォントが、ぐにゃりと歪み、違和感がある。


「ここにマクドゥ・ナルトンなんてあったか」


 ここ最近、固形物なんて口にしていない。


 だが今日は胃が収縮して空腹を知らせる。


「お前……行けるのか?」


 自分の胃を抑えて、意を決して入店する。


「いらっしゃいませー!

 ご注文はいかがなさいますか?」


 店内に客はいない。


 外に比べて漂う空気が妙にすがすがしい。


 聞いたこともない店内放送を疑問に思いながら、カウンターへと向かう。


 女神のように可愛らしい店員が、村上へとメニューを差しだしてくれた。


「……今のオススメをください」

 

 久しぶりすぎて注文の仕方など忘れてしまっていた。


 だがポニーテールの店員は快く、選んでくれる。


「では、異世界ハッピーセットなんていかがでしょうか」

 

「異世界ハッピーセット?」


「今なら異世界転移チケットと、異世界生活便利リュック付きです」


「……じゃあ、それでお願いします」


 最近のマクドゥはそんな冗談も言うのか。


 店員さんに同情していると腹がぐぅとなる。


 再びメニューに目を落とす。


 今更ながら違和感に気が付いた。


(ん……ここって、マクドゥ・ナルトンだよな?)


 ハンバーガーの値段表記が「G」だった。


「G……ってなんですか、店員さん」


「GはゴールドのGです」


 営業スマイルが返ってくる。


「ゴールド……ドラクエですか?」


「ドラクエ?

 いえ、ゴールドですよ」


 村上と店員さんは見つめ合ったまま、首を傾げる。


 すると厨房から生き生きとした声が響いてきた。


「異世界ハッピーセット、できあがりました!」


 トレイにはハンバーガー、コーラ。


 そして、子供のおもちゃの小さなリュックサックが乗っている。


「あの、お会計は?

 ゴールドは、持ってませんが――」


「あなたは運が良い。

 この軽食の女神のお店に辿り着いたんですから」


 自称女神は営業スマイルで話を続ける。


「どこかしら《《限界の人》》が迷い込みやすいんです」


「限界、俺が?」


「私は迷い込んだ方へ、人生を変える選択を与えることができます」


 女神は村上の前に異世界ハッピーセットを差し出した。


「このトレイを手に取れば、異世界への道が開きます。

 ただし受け取らずに帰れば、これまでの人生へ戻れるでしょう」


「まさか、いやそんなことが――」


 信じられないが、この女神の放つ雰囲気は妙に説得力がある。


「選ぶのは貴方自身です」


「ちなみにトレイを受け取っても、日本には戻れるんですか?」


 日本に未練はないが、生まれ育った世界に戻れないのも不安だ。


「またどこかで私に出会えた時、ぜひご相談ください」


 営業スマイルを見つめ、村上は意を決した。


(……失うものは別にない。

 失いたいものは、ある)


「ありがとう店員さん。

 じゃあ、ハッピーセットをいただくよ」


 村上は両手でトレイを取ると、まるで手品のように姿が消えた。


 残った店員は丁寧にお辞儀をしてから頭を上げた。


「またのご来店をお待ちしております!」


★☆★


 差し込む木漏れ日の光で村上は意識を取り戻した。


 見渡す限りの雑木林だが、深い森というわけでもなさそうだ。


「トレイを持ったまま到着するのか……」


 村上は倒れている丸太を椅子代わりに腰を下ろした。


「妙にうまそうなんだよな」


 茶色の包装を丁寧にめくり、ふかふかのバンズが顔を出す。


「久々の食事、食べられるかな」


 警戒しながらも、ハンバーガーに顔を近づける。


 バーガー独特の食欲をそそる香りが鼻孔を通り抜けるので、思わずかぶりついた。


「学生時代に食べた肉とケチャップ、それにピクルスそのものだ」


 何か月かぶりに口にした固形物は、口の中でうま味となって染み渡っていく。


「コーラなんて何年ぶりだろう」

 

 水滴がついたカップにストローを指して口にする。


 期待していた炭酸の刺激が、喉をジェットコースターのように駆け抜けていく。


「くああああ、うまい!」


 世界最強の炭酸飲料にこれ以上の言葉は不要だろう。


 食事の手が止まらない。


「ポテトの塩気がたまらんぜ」


 ほくほくのフライドポテトを口に運ぶ。


 数分もしないうちにハンバーガーセットは無くなっていた。


「……ごちそうさまです」


 味覚を感じたのはいつ振りか。


 村上は自然と涙をこぼしていた。


 ――とそのとき、足元に大きめの登山用のリュックサックが置かれていることに気が付く。


 どうやら注文した時点で異世界の《《旅支度》》はできていたようだ。

★★最新話はカクヨムで連載中★★

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