EP1異世界転移したら、子供が鮭弁に群がってきた件について
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タイトル忘れてもこれで見つかります!
田村直樹、28歳、サラリーマン。
ある日、家の近くのトンネルを通り抜けると・・・
そこは異世界だった。
その日も、いつも通り、会社帰りの最寄り駅近く。
駅前コンビニで缶ビールとお弁当を買った。
・・・いつものことだ。
通りは街灯に照らされ、舗装されたアスファルト。
・・・これもいつも通り。
家への帰り道には線路をくぐるためのトンネルが。
・・・そう、いつものトンネルだ。
少し下に続く階段、トンネルを通り、
また階段を少し上がり、トンネルの出口へ。
・・・ここも、もちろんいつものことだ。
そして、自宅のアパートが少し遠くに見えてくる。
・・・そうそう、それがいつものはずだった。
トンネルを通る。
突然、照明が点滅し始めた。
カチ…カチ…カチ…
カチ・カチ・カチ・カチ
カチカチカチカチカチカチ
その点滅のスピードがどんどん速くなっていく。
「え、何だこれ?」
怖くなって、立ちすくむ田村。
カチカチカチ・・・バチン!
照明が一気に消え、周囲は真っ暗に。
「マジかよ・・・」
スマホを取り出して、ライトをつける。
しかし、照らされたのはトンネルの中ではない。
岩肌が見える洞窟のような場所。
「これ、どう見てもトンネルじゃねぇだろ・・・」
慌てて後ろを振り返る。
コンクリート造りのトンネルは消えていた。
周囲を見渡すと、遠くに薄暗い明かりが見える。
「うーん・・・これ、出口?」
そう呟きながらも、明かりを目指して歩き出す。
やっと辿り着いた場所は・・・・異世界だった。
「え、ここ・・・どこよ・・・」
ぽつりと呟くが、もちろん誰も答えない。
目の前では、道を歩く人々がいる。
なんだかみんなじろじろと自分を見ていた。
田村は辺りを見回す。
周りの建物はどこか中世っぽい雰囲気。
「街灯とかも無いし・・・なんか映画みたいだな」
・・・いや、映画じゃねぇ。
・・・これは・・・やっぱ異世界か?
スーツに身を包む田村は、周囲の視線が気になり、
そそくさと細い脇道にそれた。
「あー、恥ずかしい・・・」
ちょっとした事で、かなり動揺している自分。
少し笑ってしまう。
細い脇道は、石壁に囲まれた静かな路地へと続く。
ふらふらと歩きまわる田村。
ちょっとした広場のような空間に出る。
そこでは、子供たちが一人の老人を囲んでいた。
「昔はな、外の世界で生活していたんだ。
モンスターが強くなる前まではな、
ダンジョンに逃げこむ必要はなかった。
しかし、今はすべてが変わったのさ」
老人の語りに、子供たちは真剣そのもの。
田村も自然と足を止めてしまった。
・・・まるで課長の昔話タイム
・・・いや、こっちはもうちょっと壮大だな
この町は、どうやらダンジョンの中にあるらしい。
外の世界は強くなったモンスターだらけ。
まともに生活できる状態ではないという。
「ダンジョンの中で生きるのがやっとだ。
だが、かつては、空の下で暮らしていた。
風も陽も、もっと優しかったんだよ・・・。」
老人の目がどこか遠くを見ていた。
突然モンスターが強くなったせいで、
人々は外の世界を捨てた。
なぜかモンスター達が侵入できないダンジョン。
その中へ避難する。
ダンジョンの中に町を築き、人々は生き延びてきた。
「へぇ・・・。」
田村は思わずつぶやいた。
・・・こんな設定のゲーム?
・・・チュートリアルで見たような。
・・・なら今、俺はゲームのチュートリアルか?
現実感のない田村。
子供たちから老人へ質問タイムが始まった。
「薪って、拾いたい放題だったの?」
「大きな川って、どこにあったの?」
「川の魚って、どんな味するの?」
次々と来る質問に老人は、丁寧に答えていく。
やり取りをみながら、お腹がグウっと鳴り出した。
「・・・そういえば、腹減ったな」
田村はボソッとつぶやく。
手に持っていたビニール袋をゴソゴソと漁る。
まだほんのり温かみの残るコンビニ弁当。
座って、弁当を膝の上に取り出した。
・・・この微妙な温もり、逆にリアルなんだよな。
・・・だが、ここは異世界。
気付けば、空腹がじわじわと意識を侵食している。
鮭弁。
銀鮭の塩焼き、ご飯の上には昆布。
片隅には卵焼きと漬物が詰まっている。
「やっぱ日本の弁当は完成されてるよな・・・」
割り箸を割ろうとしたところ、
近くの少年が目を輝かせて聞いてきた。
「おじさん、何それ、いい匂い!」
「これは鮭弁さ。魚の弁当。」
「魚!? これが泳いでるの?」
女児が、自分の思う魚の泳ぐ姿を想像して、
体をグニグニくねらせて真似し始めた。
・・・タコ踊りのようだぞ、女児よ。
「この黒いの何? 食べられるの?」
「それは昆布。日本人の心だから。」
意味が分からず、固まった男児。
横から別の子が俺の肩に手を置いて言った。
「・・・心は食べないよ。」
・・・何か、負けた気がした。
そんな調子で、次から次へと子供達の質問が飛ぶ。
「白い粒は?」
・・・米というのだぞ少年、人類の叡智だ。
「魚の皮って毒なの?」
・・・女児よ、魚の皮を食わないのは素人だ。
「それ全部、一人で食べるの?」
・・・おう食べるさ。
悲しくも上げ底になって量の減った、
この480円の貴重な鮭弁を。
・・・田村は鮭弁当に人生の負けを感じた。
・・・気がつけば、
さっきまで老人の話に真剣だった子供達が、
全員田村の周りに集まっていた。
老人はぶつぶつと文句を言いながら、
どこかへ歩き去っていく。
・・・少なくとも、あの老人には勝った気がする。
少年少女の欲しがりな視線をよそに、
豪快に田村は食欲を異世界で満たすのであった。
スマホで見やすいように直しました。2025年5/8