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 翌朝、朝食をとってから真理子が康彦の車を運転して4人で出掛けた。彩夏は曾祖母に会えると何故かはしゃいでいる。芦有道路の料金所を超えて六甲山頂手前にあるその施設は、元々大手企業の研修所兼保養所みたいなものを神戸の医療法人が買い取って運営しているらしく、建物自体は相当年季が入っていて、お世辞にもきれいとは言えないが、有料老人ホームとしての入居費は比較的安価なほうだと聞いている。

 受付カウンターで来訪者の氏名を記載して来訪意思を告げると、このホームでは入所者本人に面談可能か事前確認するそうで、その場で一旦待たされた。しばらくすると康彦とは顔見知りらしい介護士の高坂弘美が笑顔で案内してくれた。

「おう、元気かあ?」

康彦が右手を上げて笑顔を作った。

「なんや、あんたかいな。ぎょうさんの人が来たって弘美ちゃんが言うさかい、誰かいなって思うたわ」

電動ベッドで上半身を起こして、新聞を読んでいたハルが老眼鏡を少しずらして上目遣いでこちらを見た。

「ご無沙汰しております」

芳江が丁寧に頭を下げた。

「元気そうやね、おばあちゃん」

真理子も笑顔を投げ掛けた。

「おおばあちゃん!あたし!あやか!」

ハルは一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出した様子で、頭を何度か上下に振って微笑んだ。

「彩夏ちゃん?やったな。そうや、彩夏ちゃんや。大きなったなあ」

「うん、そう、あやか。前にピアノの弾き方教えてもらったし、渦巻きのバッジも貰ったよ」

彩夏はハルに笑顔を向ける。

「そうや、そうやったな。ピアノはあれからも弾いてるんか?」

「ううん…。おうちにピアノないから弾いてない」

「そうか、それやったらしょうがないな。でも渦巻きの形のバッジ、あれはト音記号って云うんやけどな。まだおおばあちゃんが預かってるから今日持って帰ったらええわ」

ハルもそれに応えるように頷きながら微笑んだ。

「うん、そうするっ」

彩夏は満面の笑みで応えた。

その会話を聞きながら3人は顔を見合わせて茫然としている。

真理子が気を取り直して口を開く。

「彩夏、おおばあちゃんとピアノ弾いたとかバッジ貰ったとか、そんな話なんか、お母さん聞いてへんよ」

「ううん、前にばあちゃんとこ来たとき、言うたもん。おおばあちゃんにも会うたって」

彩夏は不服そうに真理子を見つめる。

「ええっ?そう?」

真理子は眉根を寄せて首を傾げた。

「うん、そんとき、渦巻き型のバッジももらったって言うたよ」

「そうなん?それ何処にあんのん?」

「失くしたらあかんっていうて、おおばあちゃんの箱みたいなのに入れてもらった」

「えーっ?そんなん初めて聞いたで」

真理子はみんなの顔を見廻した。

「芳江さん、ちょっとそこのキャビネットの扉開けて一番下の棚にある宝石箱出してみてくれるか」

ハルはベッド脇の引き出しから鍵らしきものを出して芳江に手渡した。

芳江は言われた通り、壁面にある小型のキャビネットの扉を手渡された鍵で開けて、下段にあるジュエリーボックスらしき木製の箱を取り出した。

「お義母さん、これですか?」

「ああ、それそれ」

ハルはちょうど両掌に載るぐらいの大きさのそのジュエリーボックスを膝の上で受け取ると、シェル構造の蓋を開いて中からト音記号の形になった銀色のペンダントブローチを取り出した。

「彩夏ちゃん、これやな?預かってたバッジ」

「うん、それそれ。今日ほんまに持って帰ってええのん?」

彩夏は笑顔で訊ねた。

「ああ、ええよ。まえに来てくれたとき彩夏ちゃんにあげたもんやからな」

ハルは頭を何度も上下に動かして頷きながら彩夏に手渡した。

「うん、ありがと!」

彩夏はそれを受け取りながら嬉しそうに笑っている。

「まえに来たときって?彩夏が幼稚園に入園したときやから4月やね」

芳江が真理子に同意を求める。

「4月って、そんなアホな。おふくろ、もうここへ入ってたで」

康彦は芳江とハルを交互に見た。

その様子を黙って聞いていたハルは康彦に眼を向けた。

「ちょっと、表出よか」

ハルはベッドに備え付けてある介護士の呼び出しベルを押した。


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