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「えっ?」
あたしのベッドの上で小さな子供?そう、ちょうど彩夏ぐらいの女の子が大人の女性と何か話している。
「わあっ!」
真理子は思わず叫んでしまった。
目の前の2人にその叫び声は聞こえていないようだ。女の子はあたしのベッドの上で立膝して座っている。大人の女性はその横に腰掛けて、首を傾げながら女の子の顔を横から覗き込むように見ている。それはアルバムの写真で見たことがある若い頃の芳江だった。
「えっ?お母さん?何してんの?」
真理子は思わず声を掛けてみたが、その若い芳江にはやはり聞こえていないようだ。
「そうやな、まりちゃん。お母さんの言うてること分かるやろ?」
「うん…」
「そうそう、まりちゃんは何でもひとりでできるけどな。お母さんと約束したことはちゃんと守らんとあかんよ」
「うん…」
「表から帰って来た時は、玄関でお靴揃えてから部屋へ上がるんやったな」
「うん…」
「それからどうするんやったかな?」
「んーと…、お手々洗って、ガラガラうがいする…」
「そうやな。ちゃんと覚えてるやんか」
「それもお母さんと約束したやろ?まりちゃんがガラガラうがいできるようになって、お母さん、ほんまに嬉しかったんやから」
真理子は幼少の頃〈まりちゃん〉と呼ばれていたことを思い出しながら、その映画のようなシーンをボーッと観ていた。
「なに?これあたし?」
その若い芳江は続ける。
「約束したことは絶対に守らなあかんやろ。それが約束というもんやからな」
「うん…」
子供の真理子が相変わらず素直に応じている。
「ただいま。いま帰った」
聞き覚えのある父康彦の声が1階の玄関からドアベルの音とともに聞こえた。それと同時に真理子の目の前で見ていた親子2人の姿は一瞬にして消えて、ベッドの上には玩具のピアノだけが残っていた。真理子は狐につままれたような妙な気持ちのままぼんやりしていた。
《これ、なんや。いったいどういうことなんやろ?》真理子のなかでもういちど今の場面を見てみたい気持ちが膨らんでいる。確かB♭だった。ピアノの鍵盤を三ついちどに叩いてみる。カランというB♭の和音が鳴る。しかし何も起きない。もう一度…。やはり何も現れない。
「なんか変やなあ…。さっきのは夢?まさか白昼夢って…」