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 帰りの車は康彦が運転した。

「やっぱり自分で運転したほうが落ち着くわ」

康彦は誰にいうでもなく呟いた。

「なんやのん、それ。あたしの運転が下手やってこと?」

「下手やとは言わんけど…。怖い…」

康彦は芦有道路の下り坂をそれほどスピードは落とさず、エンジンブレーキを掛けながら下っていく。

真理子は不満げにふくれっ面をみせていたが、気を取り直したように康彦に訊ねた。

「ねえねえ、お父さん。それはそうとさっきね。おばあちゃんがこれから通る道は通り直しがでけへん道やって、お父さんに同意求めてたと思うたんやけど…」

「ん?そうやったか?」

康彦は相変わらずの曲がりくねった下り坂をスムーズに運転しながら惚けたように応えた。

「うん、昔に何かあったん?」

「たぶんあの事やと思う…」

カーブで振り回されないように彩夏の頭に手を添えながら二人の話を聞いていた芳江が声を掛けた。真理子の車から取り外してこの車の後部座席に取り付けたチャイルドシートに彩夏を座らせているが、すでに首が折れて眠ってしまったようだ。

「たぶん、そうやろうな…」

康彦が返した。

「えっ?なになに?何の話?」

「俺とお母さんが結婚するときのことやと思うわ」

「うんうん、それで?あたしの知らん事?」

「ああ、どうでもええことやからな」

康彦は何故か言いづらそうにして前を見つめて運転している。

「どうでもええことなん?」

「ああ、結婚の話になって、いよいよ結納やっていうときに、うちのオヤジが釣り書や親族書出せとか言い出してな。芳江のお義父さんもそれ聞いて、うちの家が信用できんようなとこへは娘はやれんって、もう売り言葉に買い言葉状態になってしもうてな」

「なんやのん?それ?」

真理子は不思議そうな顔をした。

「俺もいまさら何言うてるねんって、オヤジと喧嘩になってな」

「へえー、で、そもそもツリショ?ってなに?」

「何やおまえ、釣り書も知らんのかいな」

康彦は前を見ながら眉根を寄せた。

「身上書みたいなもん」

後部座席から芳江が答えた。

「なんでそんなもん出すん?」

「昔はほとんどが見合い結婚やったから、あいだに仲人が入って、それぞれの身上を書いて、事前にお互いの身元を保証したんや」

「ふーん、それすごいなあ…。個人情報の塊みたいなもんを他人っていうか、第三者に渡すんやろ?あたしやったらそんな話が出た時点で別れてるわ」

真理子は芳江に振り返って笑った。

康彦が前を見たまま笑みを浮かべて続けた。

「そうやな。真理子のときはもうオヤジも亡くなってたし、おふくろは元々そんなこと気にせえへんから、何も問題なかったけどな。俺のときは大騒ぎやったんや」

「ふーん、そうやったんや。で、どうなったんそれ?」

真理子は運転している康彦の横顔を興味深そうに見つめた。

「どうなったんって、お前がここにできとるんやさかい、ちゃんと結婚したがな」

「できとるって、娘のこと、おできみたいに言わんといてなあ。そうやなくって、そんな大騒ぎになってんから、スムーズに収まるわけないやんか」

真理子は康彦の左肩を2度叩いて続きを訊き出そうとする。

「お義母さんがあのピアノでお義父さんを説得したみたいやよ」

芳江がまた後部座席から声を掛けた。

「あのピアノって?例のやつ?」

真理子も身体を捻って訊き返した。

「そうらしいよ」

芳江はわずかに汗をかいている彩夏の頭とチャイルドシートのヘッドレストのあいだにタオルハンカチを挟みながら応えた。

「ふーん…。あのピアノでどうしたんやろ?そんな話があったんやったら、さっきおばあちゃんに訊いたらよかったわ」

真理子は残念そうな顔つきで前を見たまま呟いた。

「そうそう、そんなこともあったな。そう言えば、克洋君がおまえと結婚したいって挨拶に来るときも…。うん、そうやった。あれは克洋君が来るって言うた前の晩やったかな?」

車はちょうど芦有道路を出て初めての信号で停車するところだった。康彦は何かを思い出したように助手席の真理子を見た。

「何かあったん?あたし何にも聞いてへんけど…」

康彦は信号が青に変わるのを見てゆっくりと車をスタートさせながら口を開いた。

「あれが初めてあのピアノの情景に出逢うたときやったな」

「そうやったね。お義母さんがピアノの発表会に出はったときのことやったわ」

「ああ、あれを最後のコンサートにするって決めてたらしい」

「ふーん。それで?どうなったん?」

真理子はさらに興味深々というような目で康彦と後部座席の芳江を振り返って交互に見つめた。

車は国道2号線に入り、自宅まであと数キロというところである。

「この続きはまた帰ってからにしようか」

康彦はルームミラーで芳江をチラッと見てから頭を2度縦に動かした。ちょうどそのとき眠っていた彩夏が目を覚ましたようで、頭を上げてキョロキョロしながら芳江の顔を見ると安心したように微笑んだ。

「ばあちゃん、おしっこ」

「ん?もうすぐおうちに着くからちょっとだけ我慢できるかなあ?」

「それやったら、昼飯は帰ってから出前でも取ろうかって思うてたけど、その辺のファミレスにでも入ろうか?」

康彦は道路沿いに見えた全国チェーンのファミリーレストランを指差して、ウインカーを出した。



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