ペンション始めました
3日振りでしょうか。
遅れてすみません!
構想考えてました!!
許セリヌンティウス!!!
「ここは……どこ?」
か細い声で少女は呟く。
紺いろのブラウスに膝上のスカートは学生の制服その物だった。
艶のある短めの茶髪には白いカチューシャが掛かっている。
ただ制服を含め全身ボロボロだ。
土埃が付いて、手や足には怪我、この炎で服も焦げて火傷の跡がくっきりと残っている。
全身が炎で包まれ、噎せ返る煙を前に彼女はその眼を閉じる。
煙を十分に吸い、間も無くして体も燃えて灰になるだろう。
絶え間なく少女を円状に、それも空が覆われる程にまで達する炎に一人の男が火の中へ入った。
何の物怖じもしない彼は少女を抱き抱えると、左手を彼女の胸元付近へ向ける。
「なんて酷い姿だ……可愛そうに」
彼の哀れむ視線は彼女に向いていた。
男が手を翳すと、制服のブラウス___胸元から眩い光が飛び出て男の手の中に収束した。
それは透明な水晶の煌めく原石に似たような何かだったがもう何処かへ消えてしまった。
炎が収まり、白いマントの端すら黒ずまない彼の姿は焼け野原になった街並みを一望した後、少女と共に消えたのだった。
やはりペンションの客など簡単には来ない。
フリューレ王国内なら尚更だ。
国内を端から端まで歩いても四時間程で海辺に到着してしまい、島国にしては小さいのだ。
何らかの実験で国営の集合住宅を爆破させたアイドが僕らに遺したこの大豪邸と彼が毎月提供してくれる資金で何とか成り立ってはいるが、未だ客は一人だけである。
元々出来上がったばかりの移民用集合住宅に住んでいたが、例の出来事によりペンションへ無期限で止まることとなった理不尽な男性だ。
まだ職に勤めていないため、半額の賃金と任意でペンション経営の手伝いをして貰っている。
黒い”ジャージ”と呼ばれる羽織物に白い下着、”ジーパン”と言う履き物を着用していて、金髪に染めた髪を一つに縛った一見厳つい面の男だ。
あまりにも僕らと服装から生活様式まで何もかもが異なっていたが、彼は日本人らしく「寅」という見た目に合った強そうな名前だが、彼は意外にも常識人で門限は守るし破壊行為もしない。
何なら古くなった場所や家具を直してくれるとても善良な方だった。
ただ、客不足とは別に今現在問題が生じているのだが。
「昨日俺の隣の部屋に壁の隙間から盗聴機を仕込んどいたんだがな。静かにはしているものの、人工的な音からしている見てえだな。無銭鼠が」
寅が泊っている部屋の隣___少し部屋が広い複数人用の客室に無銭で住み着いている厄介者がいるとのことだった。
全く気付いていなかった訳ではない。
寧ろ僕から彼に「人の気配がする」と協力を仰いだ程だ。
ところで___と僕は寅に言葉を返す。
「あの、盗聴機って何ですか?名前の通り盗聴するんですか?」
「ま、雑に言えばそういうことだ。にしても盗聴機知らねえなんて、本物の江戸時代に生きてたのか?設定とかじゃなくて?てっきりコスプレと思ってたわ。ん?でも髷はしてないな」
「僕髪質柔らかすぎて。姉から縛ると髪の毛抜けるから止めろって言われてまして」
「やっぱ髷って禿げるのか。強く引っ張ってそうだもんな。まあそっちの方がチビ大家には似合うと思うぜ」
文化の違いからか少々意味の分からない単語が彼の口から出てくるが、盗聴機という便利な物体が彼が住んでいた”日本”にはあったということが判明した。
正直のところ寅の言う日本と僕らが知る日本とでは次元が異なるのだと思っている。
彼のいる世界は文字や言葉が同じでも聞いたこともない物ばかりだ。
まるで外国の言語が交じったような言葉を発する時も多々あり、僕はひょっとしたらおとぎ話で聞くような平行世界の日本かもしれないと冗談半分に思っている。
少なくとも姉が買った地図に欠片も乗っていなかったこの国にたどり着き、道理の不明な魔法とやら、いくら切っても再生して生きる謎の生物などこちらにとっては魑魅魍魎な世界に来てしまった時点でその可能性はあり得るのだ。
流石にもう三日間不法に滞在されているので、扉を開けて出ていけと言おう。
僕は護身用に鉈を持ち、勢いよく扉を開けた。
部屋の中は明らかに誰かが生活している跡がある。
至って清潔感は保たれているが、私物などはそのままだ。
ただ不自然なのは何処にもそれらしき人影が見当たらないというところだった。
姉さんはフリューレ王国に唯一ある剣術の練習場で一年間鈍った体を叩き直すそうなので一日中いない。
一人で対処するしかないか。
「でも……」
僕があるものに気づいた途端、僕の体をかすって弓矢が一つ空を切り、部屋の壁へ刺さった。
やはり人の気配がする。
それに二人も。
咄嗟に鉈の刃を外側に向けて臨戦態勢を取る。
「一体何処から……」
「見つけた」
二階の木製の柵を踏み台に、屋根を支える天井の柱に飛び乗った。
標的はあそこの屋根の窓を開けた僅かな隙間から___
「逃げた?しかもこちら側に?」
突如僅かに隙間の空いた屋根の窓が激しい音を立てて全開し、特攻してきた鳥のような勢いで通りすぎ___寅の元へと彼女は降り立った。
長い髪を二つに結い上げた不思議な髪型をした姉よりも幼い少女が体のでかい男の首もとに矢を突きつける。
「私達を殺さないで下さい!でなければ、こ、この人の首が飛びます!」
「はぁ!?なんだそりゃ!?」
別に殺したり客に対して物騒なことはするつもりないのだが。
自分から人質を取った割には首を固定する左腕と矢を持つ右腕が小刻みに震えている。
彼女はやたらと視線を見渡した後可愛らしい声で脅し文句を放った。
「近づかないで下さい!」
何故だろう。
彼女は人質を取っているのにも関わらず、あまり悪人さが伝わってこない。
これは寧ろ___
(もう一人にやらされている?)
暗殺者の感を使い、僕は彼女の言う通り近づくことなく___僕から対角線側の部屋に飛び込んだ。
「ご主人様危ない!!」
甲高い声で叫んでももう遅い。
僕は部屋の中で少女に何かを媒体にして指示した男の首を死なない程度に絞め、動脈に鉈の刃を触れさせた。
「貴女方こそ代金を払ってくれないとどうなるか分かりますよね?」
冷静さが崩れ、命の危機に瀕した若い男の息の乱れが鼓膜に届いた。