94.医師の診立て
アンナも一見元気そうに振舞ってはいたが、アンナを知る者なら、それが空元気であることはすぐに分かることだった。
「お嬢様が召し上がっていないのに、自分だけ食べる気になんてなれない」
アンナはそう言ってろくに食事もとらず、すっかり痩せてしまった体に鞭を打つように、今まで以上に仕事を増やして動き回っていた。最初は同情して見守ってくれていたリアムから、ついに、
「お嬢様がお前のやせ細った姿を見たらどう思うか考えてみろ!」
と怒鳴られ、ようやく少し食事を口にするようになったほどだ。アンナのことを姉のように慕っている侍女のジュリアは、
「お嬢様があんなことになってしまって、悲しいのは分かるけど……私だって悲しくて仕方ないけど、でも! あんなに苦しそうなアンナ、見ていられない」
とリアムに泣きついてきた。リアムは、ジュリアが落ち着くまで側にいながら、あの日のことを思い出していた。
(あれほど時間が長く感じたときはなかったな……)
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意識を失っているエステルを抱え、エレノア王妃の部屋を出るとすぐにヘンリーの後を追った。行先は分かっていた。王宮の奥にある秘宮だ。そこは、秘密の礼拝堂同様、ごく一部の王族とそれぞれに付いている精霊、それから国王の許可を得た者しか入ることの許されない宮だ。
(今頃は、恐らくエミリーが医師を連れて来るよう命じられているはずだ)
分かってはいても、自分の腕の中で虫の息となっているエステルを見ると、一刻も早く助けてほしい、という思いが怒涛のように押し寄せてきた。
エステルとアルフレッド王太子は並びの部屋にそれぞれ運びこまれ、秘宮で働く侍女たちにより、すぐさま診察を受けられるよう準備が進められた。
ほどなくして、エミリーが王族専属の医師を連れて来た。医師は、初めて通された宮を一見し、驚いていたようだったが、それよりもこの国の第一王位継承者である王太子と第二王位継承者である王女が同時に意識不明となっていると知らされ、ことの重大さに愕然とした。が、すぐに気持ちを切り替え、王の命もあり、アルフレッド王太子の診察から始めた。それが当然の順番と頭では理解していても、リアムは、
(何でお嬢様から診てくれないんだ!)
(王太子の診察はまだ終わらないのか?)
(一体いつになったらお嬢様を診てくれるんだ?)
と時間の経過とともに、不安と怒りがぐるぐると込み上げてきていた。エステルの部屋の前で行ったり来たりしていたリアムだったが、我慢の限界が近づいていた。と、そのとき、アルフレッドのいる部屋の扉が開き、侍女が、
「こちらです!」
と急ぎ足で医師をエステルの部屋へ案内しようと、こちらに向かってきた。リアムがパッと道を開けると、医師と侍女はサッと部屋に入り、再び扉が閉められた。リアムはただ祈ることしかできない自分が歯がゆかった。
(どうかお嬢様が目を覚ましますように!)
エミリーがスッとリアムの隣りへやって来た。二人は目を合わせると、一緒に祈り始めた。
それは、今まで経験した中で、最も長く感じた時間だった。あまりにいろいろなことがあり過ぎた一日だった。さすがのリアムとエミリーも疲労を感じ始めたとき、ようやくエステルのいる部屋のドアが、ギィッと小さな音を立てて開かれた。
中から憔悴した医師がよろよろと出てきたのをみて、リアムは嫌な予感がした。エミリーの方を見ると、エミリーも不安げな表情でリアムを見ていた。二人は、すぐに医師の元へと駆け寄った。外の気配に気づき、ヘンリーもアルフレッドの部屋から出てきた。皆が揃ったところで、医師が小さな声で言った。
「お二人とも、お体に別状はございませんでした」
この言葉を聞いた三人の精霊は互いに顔を見合わせ小さな笑みを浮かべたのも束の間、
「ただ、いつ目を覚まされるかは全く見当がつきません。明日にでも目を覚まされるかもしれませんし……」
そこまで言うと、医師はちらりと三人を見た後、疲弊しきった声で、申し訳なさそうに告げた。
「もしかしたら、このままずっと目を覚まされない可能性もございます」
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次回、エステルとアルフレッドは目を覚ますのか?
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