92.別れ
アン、ルビー、マヤ、龍司の行く手を阻んだのは、国王付き、王妃付き、王太子付きの精霊達だった。敵意は感じないが、そのまま通してくれる様子もない。
マヤが顔を上げ、王妃付きの精霊であるエミリーを見ると、エミリーは苦しげな表情で目を逸らした。その視線の先にいたリアムは、エミリーと目が合うと、自分の腕の中で気絶しているアンナの顔をもう一度だけ見て、サッと部屋の隅に移動し、壁に大事そうにそっともたれかけさせると、エミリーの脇に立った。王女付きの精霊として、いやその前に、この国に仕える精霊として、国王の意を汲んで動くのは当然のことだ。
とはいえ、火の粉を散らすように自分の子を各地に拡散するだけしておいて、子育てをしない火の精霊の代わりに、独り立ちできるまでリアムとエミリーを育ててくれたのはマヤだった。そのマヤに対して、恩を仇で返しているようで、二人はマヤの顔をまともに見ることなどできなかった。
マヤは下を向き、二人には気づかれないほど小さくふっと笑った。何も知らない子どもだった二人が、、情に流されることなく、しっかりと自分の仕事をしている様子を見て、親のように喜ばしい気持ちが湧いてきたのだ。
マヤは、腹を決めたかのようにスッとアレクサンダー国王の方を見た。国王は、まっすぐにマヤを見ていた。
「マヤ、すまぬ。そなた達をこのまま行かせる訳にはいかぬ」
国王のその言葉にエレノア王妃が、
「あなた、まさか……」
と反応した。アレクサンダーはエレノアの方を見ることなく、
「ヘンリー!」
と呼ぶと、王太子付きの精霊がサッとアルフレッドとエステルの元へ移動した。全身を魔法で覆い、スキャンするように二人の様子を確認した。
「お二人とも、微かに息をしておられます」
との返答に、国王が頷きながら目くばせすると、その精霊はアルフレッドを抱えて一礼し、サッと退室した。リアムもすぐにエステルのもとへ寄ると、シンに、
「失礼する」
と一言だけ声をかけ、エステルをシンの腕からそっと受け取り、部屋を後にした。残されたシンは、ついさっきまでエステルの温もりを感じていた自分の手をただじっとと見続けた。
国王は、彼らの退室を見届けると、マヤ達の方に向き直った。
「アルフレッドの身に何かあったとなれば、カークハムの残党は再び結集するだろう。いや、今もどこかで、機を窺っておるに違いない。内乱となれば、多くの者が巻き込まれることになる」
シン以外の皆が、壁にもたれ、今も気を失っているアンナの方を見た。アンナの両親が、前回の内乱で命を落としたことを知っている者たちばかりだ。国王は続けた。
「……痛ましいことだ。それだけは何としても防がねばならぬ。それに、アルバートはこの世に存在しないことになっておる」
マヤはまだアンナをじっと見つめていたが、話がアルバートのことに及ぶと、頷くように下を向いた。
「しかし、その姿じゃ」
国王は、今度はアンドリューの方を見た。銀髪となったアンドリューは、似ているどころか、もはやアルフレッドそのものと言っていいほどだった。そこまで聞くとアンは、
「あぁ……なるほどね」
と苦笑した。国王は、マヤに最終確認をするかのように、しかし、有無を言わさぬ圧で告げた。
「今は、その者がアーム王国の第一王位継承者なのだ。言っている意味は分かるな? マヤ」
覚悟を決めたつもりだったが、マヤは、これからしなければならないことを思うと、悲しみで押しつぶされそうだった。震える手で龍司の手をそっと振り払うと、国王に向かって片膝をつき、右手を左胸に当て、頭をうなだれた。龍司は、
「マヤ? どうしたっていうんだ?」
と尋ねたが、マヤは答えなかった。アンが、
「母さん……」
と小声で呼びかけたが、マヤが頭を上げることはなかった。マヤの肩が小刻みに上下していた。泣くのを堪えているのだろう。それを見て取ったアンは、
「……そうだよね。それが、生かされた俺にできる唯一のことだよね」
と呟いた。
「北斗? 何を言っているんだ?」
事情を飲み込めないでいる龍司に説明する気力は、もはやアンには残っていなかった。
「父さん、ごめん……俺、行くわ。これ以上、母さんを苦しめたくないから。母さん……今まで俺のこと守ってくれて、ありがとね」
アンは、最後に一目、マヤの顔を見たかったが、国王の手前、顔を上げられずにいる、いや、悲しみに耐えられず、俯いているのが精一杯だろうマヤの気持ちを察し、龍司の方を見た。
「父さんも、わざわざここまで来てくれてありがと。最後に会えて良かったわ。俺にとっては、父さんが俺の父親だから。これまでも、これから先も……ずっと」
そう言うと、くるりと国王の方を向き、両親に背中を見せたまま、スタスタと歩き始めた。
龍司は、我が子を引き留めようとしない妻と、こちらを振り返らずに去って行こうとする息子の狭間に立ち、ただ茫然と見送ることしかできなかった。
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