91. 愛する人の祖国
龍司がアーム王国のゲートを潜ると、騎士のような格好をした小柄な少女が待っていた。少女は、龍司が手にしている通行証に目をやると、
「こちらです」
と言って、足早に先を進んで行った。龍司は、黙ってその少女の後をついて行ったが、その速度から、ただの少女でないことが分かった。
(精霊か……)
龍司は、道すがら、城内を観察していった。
(ここが、マヤが暮らしていた国……そして、北斗が生まれた国か……)
世界遺産として大切に保管されているかのような、昔のままの造りの建造物にデザイン、電気が使われている様子もなく、薄暗くなり始めた辺りを灯すのは、いくつもの蝋燭だった。
少女は、これまで見たどの建造物よりも大きく、装飾も見事な建物の中に入って行った。配備されている騎士の数も明らかに多い。
(王宮か……)
奥まったところにある部屋の前に来ると、少女は何やら呪文を唱え、扉を開けて頭を下げた。龍司は会釈をし、中をさっと確認して入室した。扉は、すぐに龍司の後ろで締められた。
「これは……」
任務であらゆる場を経験してきている龍司にとって、部屋の惨状などどうということはなかったが、シン様を守るために来ていたはずの我が子は髪が銀色に変わっており、ここまで案内してくれたのとはまた別の小柄な女の子に支えられるようにして茫然と立ち尽くし、行方不明となっていた妻は、見慣れぬ衣装を身に纏い、両手を口で覆って嗚咽を吐きながら大粒の涙をぼろぼろと流している。
シン様は、部屋の中央でしゃがみ込み、この国のご令嬢と見られる女性を胸に抱きながら、その顔をじっと見つめている。そして、その彼女の額からは赤黒い血がしたたり落ちているが、この距離からでは生死の判別がつかない。
彼女の脇には、
(こっちにも北斗? いや、そんなはずは……)
すぐに別人だと気づいたが、変装なのか何なのか、我が子にそっくりな顔をし、服装からは高貴な方と思しき男性が倒れている。
奥には、アーム王国の国王と王妃と思われる二人が、シールドの中からこの状況を見つめている。
周りには、ついさっきまで攻撃の構えをとっていたことが窺える気配を残したまま、シン様達を注視している騎士らが立っている。
彼らより少し内側に入ったところには、気を失った侍女を抱きかかえたまま、シン様の胸に寄り掛かっている令嬢をじっと見守っている長髪の騎士が佇んでいる。
「……何があったんだ?」
龍司が小さく呟くと、マヤがその存在に気づき、
「あなた……」
と一言漏らした。龍司を見た瞬間、肩を震わせてさらに苦しそうに、声を堪えながら泣き始めたマヤの元に、龍司はすぐに駆け寄り、肩を抱いた。龍司は、
「いいんだ。何も言わなくていい。無事でいてくれたのなら、それでいい……」
と言いながら、両腕で力強く抱きしめた。マヤは、龍司の胸で、ようやく声を漏らして泣いた。
「うっ……ううっ……あぁぁ」
マヤの声が、どこからともなく耳に届いた気がしたアンは、ゆっくりとそちらに顔を向けると、そこに龍司がいることに気がついた。
「あぁ……父さん……俺……」
そこまで言うと、子どもの頃の記憶が一気に蘇って来た。龍司が父で、マヤが母だった。血のつながりなどどうでも良かった。マヤが作ったご飯をつまみ食いしたり、マヤを喜ばせようと龍司と二人でケーキを焼いたら失敗して真っ黒になってしまい、結局マヤが焼き直してくれたり、冗談を言い合って、とにかく笑いの絶えなかった思い出の日々が次々と脳裏を駆け巡ると、アンの目からいつの間にか、ツーっと涙が流れ落ちていた。それを見た龍司はマヤに、
「行こう」
と促すと、マヤは頷き、二人でアンの元へと歩いて来た。龍司はアンの目を真正面からじっと見た。子供の頃、アンが困るといつもこうやって真っ直ぐに目を見て話してくれた。あの頃と少しも変わらない優しい笑みで、龍司は、
「北斗、帰ろう」
と肩に手をのせた。アンは、子どもの頃のように顔をぐしゃっと崩し、目を閉じ涙をこぼしながら、コクリと頷いた。龍司は、アンを支えながら遠慮がちにそこにいた女の子を見て、
「君は……」
と問うと、隣にいたマヤが、
「ルビーよ」
と代わりに答えた。龍司は少し驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になり、
「そうか……ルビーか。ずっと側で北斗のことを守ってくれてたんだな。ありがとう」
と礼を言った。龍司の言葉を聞くと、ルビーまで緊張の糸が切れたようにおいおいと泣き始めた。
四人で肩を取り合って歩き始めようとしたとき、目の前に三人の精霊が立ちはだかった。
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次回、再び会うことができた家族、この先どうなる?
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