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88. 悪魔の化身

 見つめ合うアンとアルフレッドの目の色が赤く光り始めた。


(まただ!)


 ルビーは、初めて見る王太子がアンとそっくりであることに驚きながらも、それ以上に今は恐怖を覚えていた。


 アーム王国へ来てからというもの、アンがこれまでとは違った力を発揮する場面に度々出会し、その度にアンの瞳が赤色になるのを目撃してきたルビーは、今、何か大変なことが起ころうとしていることを察知し身震いした。


(どうしよう……どうしたらいいの?)



 ルビーの不安を他所に、アンは自分に力がみなぎり始めているのを感じていた。ビリビリと電気が流れ出ているかのような両手のひらを眺めながら、


「な、何なんだ、これは……?」


最初こそ戸惑った様子を見せていたアンだったが、すぐにその感触を我がものにした喜びに満ち溢れた表情へと変化していき、高笑いを始めた。


「ハハハハハ! そうだ……そうだ、この感覚、思い出したぞ!」



アンのようでアンでないその声と語り口に、幼少の頃からアンを知るシンでなくとも、恐らくその場にいれば誰もが、その異変と異様さに気づかずにはいられなかっただろう。それはまるで、悪魔の化身が、長い間封印されていた力を再び取り戻した瞬間のようだった。



 ルビーを除き、その場にいた精霊全員とシンまでも、アンに対して攻撃の態勢をとった。


(あれは……! 精霊たちが最大級の力を放出するときの構えだわ!)


アンから漏れてくる力の大きさを考えれば、国王らを守るためには当然の判断だと、ルビーも頭では分かる。



(アンの力がいくら強くなったからって、あの四人から一斉に攻撃を受けたら、生きてはいられない! それに、シンまで!)


 ルビーは、泣き出したい思いだったが、


(泣いてる暇があるなら考えるのよ、ルビー! 何か方法はあるはず! 何か!)


と気を奮い立たせた。



 国王らに付く精霊は、精霊の中でも最も力の強い五大精霊の子らと定められている。王族の護衛を任されている精霊たちは、皆選ばれし優秀な者たちばかりだが、彼らよりも格段に魔法力も強ければ、あらゆる面において能力が高い。風の精霊の娘であるルビーも、彼らと同等の力を有しているとはいえ、ルビー一人がアンに加勢したところで、その四人の力が合わされば敵う訳がない。


 ルビーは、額からこめかみにかけて、冷や汗が滴り落ちるのを感じながら、何とかこの場を切り抜ける方法はないかと必死で頭をフル回転させていた。




 一方、アルフレッドの周りには、凍てつくように冷えたオーラが立ち込め始め、アンとは逆に、どんどんと力を奪われていっているようだった。徐々に血の気が引いていき、顔面は蒼白となっていく。そのうちに力無くガクッと床に膝をつき、目を閉じた。



今にも崩れ落ちそうになっているアルフレッドの元に駆け寄ろうとしたエレノア王妃をアレクサンダー国王が制止した。


「エレノア! 下がりなさい!」

「でも、アルが!」


国王の言葉にすぐに反応した国王付きの精霊が、国王と王妃にシールドを張った。エレノアは、自分がそこから出られなくなったことに気づき、ただただ声を上げた。


「あぁっ……アル! アルーッ!」



 エレノアが身動きが取れなくなった代わりに、近くにいたエステルがアルフレッドの前に跪き、支えるようにその両肩に自分の手を置いた。それに気づいたアルフレッドは、意識が朦朧とする中、薄目を開け、笑顔を作ろうとした。


「兄上、なぜこのようなことを!」


アルフレッドは、何か話そうとしいるようだったが、声にならないようだった。か細く掠れた声が微かに、すぐ側にいるエステルに聞こえるのみだった。





その間、ルビーはもはやアン以外の誰のことも頭になかった。


「アン! ダメ! 戻って!」


とにかく必死に声をかけ続けていたが、その声すらアンには届いていないようだった。ルビーが、自分までおかしくなりそうなくらい精神的に追い込まれた時、胸の内側でぐるぐると蠢く何かを感じた。不思議とそれは嫌な感じはなく、むしろ懐かしく、心が落ち着いてくる気すらした。


(え……何これ? これは……? あ! もしかして!)



 ルビーは目を閉じ、胸の前で両手を合わせ、そこに魔力を集中させた。少しずつその手を左右に開きながら、手のひらで球体を作るような動きをすると、その中にぐるぐると回る風玉が現れた。中で花がゆらゆらと揺らめている。


(あの時は青色だったのに……危険を知らせる黄色を通り越して、もう赤色になってる!)



アンの動きを見張りながらも、その様子を目の端で捉えたリアムがピンときて、


「ルビー! それをアンドリューに!」


と叫んだ。ルビーは、カッと目を開け、生気を漲らせた顔をすると、


「そのつもりよ!」


と、その玉をさらに大きくし、アンに向かって叫びながら突進した。


「母なる風の精霊よ! 我に力を!」



 アンの周りには熱を帯びた魔法のオーラが勢いよく逆巻いていて、容易には近づけなくなっていたが、ルビーが風玉を前面に突き出すように押し出すと、そこから風穴が空き、一気にアンの元へと駆け込むことができた。



 ルビーが入って来たことに気づいたアンが振り返った。


その顔は、とてもアンとは思えない邪悪な表情をしており、何より、ルビーのことをルビーだと認識しているのかさえも分からないほどに別人のようだった。

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、アルフレッドの身に何かが起こる?!


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