84.国王教育
生まれてきたのは、それはそれは可愛らしい女の子だった。
(本当に良かった。女の子ならば、王位継承争いに巻き込まれることも、古い言い伝えに振り回されることもない。きっと幸せにしてあげるからね)
エレノアが我が子を胸に抱き、幸せに包まれていたとき、アレクサンダー国王が慌てた様子で駆け込んできた。
「エレノア! 生まれたんだな! よくやった!」
アレクサンダーは、エレノアを労った後、母の胸でスヤスヤと眠っている我が子の頭を愛おしそうに撫でると、人払いをした。エレノアと二人きりになると、
「この子が……始まりの令嬢か」
と、その赤子を尊い目で見つめながら呟いた。エレノアは、自分の耳を疑った。
「え?」
「エレノア、この部屋に向かって、光の柱が降りてくるのをこの目で見た。まさかと思って急いで来たら、この子の産声が部屋の中から聞こえてきたんだ」
光の柱、それが何を意味するかは、エレノアもよく分かっていた。始まりの令嬢と勇者の存在は、アーム王国の国王と王妃及びそれぞれ付きの精霊、そして服部一族の当主とその妻、専属助産師のみが知る極秘事項だ。始まりの令嬢か勇者の、どちらが誕生した場合にも、彼らが地上での使命を果たせるように最優先に物事を取り計らうよう代々言いつかっている。
二年前に服部一族に勇者が誕生したとの連絡を受け、今世紀は勇者の時代だとばかり思っていたアーム王国側は、まさかこのようにすぐに始まりの令嬢が誕生するなど、誰も予想していなかった。
アーム王国史上、初めて勇者と始まりの令嬢が同時代に誕生したのだ。国王も王妃も、自分達が始まりの令嬢を授かったことを誉れと思うと同時に、これを重く受け止めなければならなかった。なぜなら、始まりの令嬢と勇者は救いの主であると同時に、彼ら二人を必要とするほどの大災害が訪れる予兆であることも意味するからだった。
「あぁ……」
エレノアは天から地へと落とされた気分だった。エレノアが泣き崩れたのを見て、アレクサンダーはエレノアの目をじっと見つめ、手をとって力強く握り締めながら語りかけた。
「エレノア、この子は人々のために、様々な試練に見舞われることになるだろう。この子がその使命を果たせるよう、私にできることは何でもすると誓う。しかしそれは、私だけで事足りるものではないだろう。そなたにも、力になってほしい」
エレノアは、止められない涙はそのままに、アレクサンダーのその真摯な瞳に、ただ頷くだけで精一杯だった。
アレクサンダーが、エステルが過酷な試練を乗り越えていけるようにと厳しい教育を強いたのに対し、エレノアはエステルに伸び伸びと育ってほしいと願い、できる限り自由な時間を取ってやるようにしていた。その甲斐もあって、幼い頃のエステルはよく笑う子だった。その屈託のない明るい笑顔に、周囲の者は癒され、エステルの暮らす北宮は、皆の笑い声が絶えなかった。
ある時、エステルが、エレノアの元に興奮した様子で走って帰って来た。
「あらあら、どうしたの? そんなに慌てて」
エレノアが、優しく問いかけると、エステルは頭に花冠をのせ、両手は隠すように後ろ手にし、少し照れくさそうにモジモジしながら、
「あのね……」
と語り出そうとした。ちょうどその時、ドアをノックする音がした。エレノアが入るように言うと、侍女が、
「殿下、失礼します。国王陛下がお呼びです」
と言い、二人をアレクサンダーの執務室へと案内した。部屋に入ると、国王は人払いをした。アレクサンダーの険しい表情から、良くない話であることは予想できた。
「アルフレッドのことだ」
今朝から熱にうなされ、寝込んでいるアルフレッドの往診に来た王室専属医師から、
「今夜が峠だと言われた」
国王である父が、机に両肘をつき、そこに頭ををもたせかけるようにして大きなため息をついている。父のこのような姿を初めて見たエステルは、子どもながらに、大変なことが起きている、もしくは、これから起こるのだと察知した。
エステルの兄は、次期国王となる王太子だ。そのアルフレッドに万一のことがあれば、自ずとエステルに重責がかかってくることになる。
アルフレッドは、赤ん坊の頃から病気をしやすかった。本来ならば剣や体術を習う歳になっても、体を鍛えることすらできず、その分、勉学に励んでいた。お転婆で勉強が好きではなかったエステルにも分かりやすく教えてくれた。エステルは、そんな優しい兄が大好きだった。アレクサンダー国王は、
「エシーよ、もしものときは、そなたに王位を継いでもらうことになるやもしれぬ。これからは、そのための勉強もしてもらうことになる」
「……承知しました」
「それから、兼ねてから打診があった、アーサーとの婚約の件だが、こちらも進めようと思う」
エレノアは、エステルがその言葉を聞いたときの様子を今でも忘れられずにいる。エステルは、束の間、何か大事なものを諦めたかのように放心状態になったように見えたが、すぐに、
「……はい」
と俯きながら、短く答えた。
アルフレッドは、奇跡的に峠を越え、皆安堵したが、国王は万一に備え、エステルにも帝王学などを学ばせるようになった。アレクサンダーは、事あるごとに、
「上に立つ者が、弱みを見せてはならぬ」
「感情を露わにするではない」
と言い、厳しく育てた。あれほど、よく笑っていたエステルから笑顔が消えていった。
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次回、次に現れたのは……
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