83.再会
もう戻って来ることはないと覚悟を決めてゲートを潜ったあの日、まさかその先で、勇者の誕生を示す光の柱が降り立つとは、夢にも思っていなかった。
そして、そこでマヤとアンを助けてくれた龍司が、アーム王国と外の世界で唯一つながりのある一族、初代王の弟、パトリック神官の末裔である服部一族の当主の右腕であったことも、今思えば何かの導きだったのかもしれない。
龍司と結婚し、マヤも服部一族の一員として迎え入れられた後、当主の子、シンもまた、光の柱が降り立ったあの日に誕生していたことを聞かされた。その時の衝撃を、マヤは今も忘れることができない。
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(二人ともあの日に? ならば、北斗とシン様、どちらが勇者なのか……)
マヤの代わりに王妃付きの精霊となったエミリーが、マヤの安否を心配していた王妃から命じられ、一度秘密裏にマヤの元を訪れたとき、マヤは、シンも光の柱が降りた森にある服部の屋敷で、同日に誕生していた事実を伝えた。エミリーから報告を受けた王妃は、事がますます複雑かつ重大になってしまったことに、心が押しつぶされそうになったが、すぐに気持ちを立て直し、自分のしたことに最後まで責任を持たなければと、改めて腹を括った。
「アルバートが勇者である可能性があるのなら、見届ける必要があるでしょう」
以来マヤは、時折エミリーと落ち合い、アンの報告をしたり、アーム王国の様子を聞いたりと、情報交換をするようになった。
そんな中、あの事件が起こった。王妃はエミリーから、アンが王族の魔法師に拉致された報告を受けたとき、恐怖に慄いた。
「どうして……あの事実を知っているのは、私とマヤとエミリーだけのはず……」
「恐らく、星を読める魔法師かと……我々、星の下に生まれる者の生死は、隠しおおせるものではありません。王族派の中には、今も国家転覆を画策している家門が幾つかあります。あの日、アルフレッド様とアルバート様がお生まれになったことを、星を読んで知った者が、アルバート様を利用しようと、機を見計らっていたのかもしれません」
王妃は胸に手を当て、苦しそうに大きくため息をついた。
「エミリー、アルバートにもう一人精霊をつけましょう」
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その日はアンの誕生日だった。昼間、服部一族の幹部らが集まって行われるシンの誕生日を祝う会に龍司が出席している間、マヤは鼻歌を歌いながら、ディナーの準備をせっせとしていた。アンは、マヤが作るものを次から次へと味見しては、
「父さん、早く帰って来ないかなぁ」
と、今夜家族で行われる自分の誕生日会が待ちきれない様子だった。マヤは、そんなアンを微笑ましく見つめながら、
「こ〜ら! そんなに食べたらおお誕生日会で食べるものがなくなっちゃうわよ」
と揶揄うと、アンは真顔になって、
「えーっ! じゃ、僕も作るの手伝う!」
と言い、一緒に料理を手伝い始めた。それまで料理などしたことのなかったアンが手伝ってくれたことで、洗い物は余計に増えたが、二人はそれすらも笑い合いながら、楽しく過ごしていた。ほどなくして龍司が、
「ただいま〜。なんだ、なんだ?二人で楽しそうだなぁ。外まで笑い声が聞こえてきたぞ」
と言いながら、帰って来た。アンは、
「父さん、お帰り〜!」
と言いながら、抱きついた。
「ただいま、北斗。わぁ、すごいご馳走だなぁ!」
「でしょ? 僕も手伝ったんだよ! ねぇ、早く食べよ、食べよ!」
「ハハハ! 分かった、分かった」
皆が席に着くと、龍司が、
「では、今日六歳になる北斗に、乾杯〜!」
「お誕生日おめでとう、北斗」
「ありがとう!」
と家族だけのバースデーパーティーが始まった。ご馳走を口一杯に入れて、モゴモゴ食べているアンに龍司が、
「そんなにいっぱい入れたら噛めないだろう?」
と笑っていると、束の間、席を外していたマヤが戻って来て、
「北斗〜、はい! お誕生日プレゼント!」
と言って、上着のファスナーをそろっと開けた。すると、中から可愛いウサギがひょっこり顔を出した。その愛くるしいウサギを一目見てすっかり気に入ったアンは、
「わぁ! 可愛い〜っ! 母さん、ありがとう! 名前は?」
「ルビーって言うのよ」
「そっか。ルビー、よろしくね!」
と言うと、マヤから手渡されたウサギのルビーを大事そうに抱き抱えた。
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マヤは、
(ルビーもウサギの姿のまま、よく北斗を見守ってくれたわね)
そんなことに思いを馳せながら、人目につかないよう、エレノア王妃の部屋へ向かった。予め決めてあった合図をすると、扉が開き、外に誰もいないことを確認したエミリーが中に招き入れた。マヤが入るとエミリーは、
「失礼します」
と言って退室した。部屋に二人きりになり、マヤが、
「王妃殿下にご挨拶申し上げます」
と言うと、跪いて頭を下げているマヤに向かって、エレノアは、
「マヤ、顔をお上げなさい。よく来てくれましたね」
と、にっこりと微笑んだ。エレノアは、マヤの顔を懐かしそうにじっと眺めた後、
「こうしてそなたに会うと、あれから二十五年も経っていることが嘘のように感じられるわね。そなたには、苦労をかけました。私の身勝手な願いにも関わらず、長きに亘り、アルバートを見守ってくれて本当にありがとう」
と言いながら、涙をこぼした。マヤは、何か返事をしなくてはと思ったが、胸が支えて声を発することもできず、ただ首を横に振るばかりだった。声を出したら、自分まで涙が溢れ出そうな気がしたからだ。王妃は、続けた。
「本当に、いろいろなことがありました……」
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エレノアは、大きくなったお腹を優しく撫でながら、その日も我が子と会えるその時を心待ちにしていた。王妃付きの精霊であるエミリーから、生まれてくる子は女の子だろうと言われていた。
(女の子ならば、万一双子だったとしても私の手で二人とも育ててあげられる)
エレノアが朝に産気付いてから、なかなか生まれてこないことに痺れを切らした若き日の国王は、夕方になると気分転換のためにテラスへ出て、徐々に暗くなっていく空、散りばめられたように増えていく星の光に見入っていた。その中で一際明るく強く輝く北極星に惹き込まれていたときだった。光の柱が降り始めた。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、次にエレノアの元に訪れたのは……
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