82.龍司との出会い
エレノア王妃は続けた。
「この子には、アルバートと名付けましょう。その名で呼ばれることはないでしょうけど……。マヤ、お前には、国外に出るゲートを用意します。たどり着いた国で見合った名前をお前が付けてやっておくれ。時々、使者を送ります。この子の成長を知らせてちょうだい」
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(あの時は、自分の耳を疑ったけど、殿下は本当に実行された。どれほどのご覚悟だったことか……)
マヤは、あの後、黒髪の赤子をマントに隠し、王妃の計らいで誰にも気付かれぬようゲートを潜り、国外へ出た。
着いた先は、深い森の中だった。木の間から北斗七星だけが見えた。暗闇の中で唯一光るその星を眺めていると、そこから光が、マヤ達がいる森に目がけて降りてきた。
「あ……」
マヤは、何も言葉にすることもできないまま、その場に倒れ込んだ。赤子の泣き声だけが、森の中で響き渡っていた。
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マヤが目を覚ますと、そこは見たことのない作りの建物の中だった。
(ここは……?)
マヤが状況を掴めずにいると、
「あぁ、起きたんですね。良かった。具合はいかがですか?」
男は、流暢な英語で話しかけてきた。が、イギリス人でないことは確かだった。
「ここは?」
「私の家です」
「あなたの家? 私は一体……」
「森の中で倒れていたんですよ」
「森の中……?」
マヤは突然ハッと思い出した。
「赤ん坊は?」
「よく眠ってますよ」
男はにっこりと答えながら、マヤの隣でスヤスヤと眠っている黒髪の男の子の方を見た。よく見ると、マヤも床に敷いた厚手の生地の上に寝かされ、布団がかけられていた。
(こんなにすぐ側にいたのに気付かなかったなんて……双子だったことも出産時まで分からなかったし、この子は一体……)
「私、どのくらい眠っていたのかしら?」
「三日ほどですかね」
「三日も?」
「えぇ。目が覚めたとはいえ、まだ本調子じゃないでしょうから、ゆっくり休んでいてください」
そう言うと、男は部屋を出た。
どう見ても、生まれて間もない赤子と、その赤子を抱き抱え、森の中で倒れている外国人など、怪しまない方がおかしい。にも関わらず、この男は二人を自分の家まで運び、世話をしてくれていたのだ。すぐに人を信じてはならないと、いつもならば警戒するのだが、この時は心細かったのだろう。マヤは、何も聞かないでいてくれるこの男のことを信じたいという気持ちになっていた。少しすると、男は、
「入りますよ」
と声をかけた後、お膳に何かをのせて持って来た。
「もし口にできそうだったら、召し上がってみてください」
「これは?」
「粥です。熱いので、気をつけてくださいね」
マヤは、くんくんと匂いをかぐと、思い出したかのようにお腹がぐ〜っと鳴った。マヤが顔を赤くすると、
「お腹の方も目が覚めたみたいですね。良かった良かった」
と男はにっこり笑った。マヤは、照れを隠すようにパクッと食べると、
「熱っ!」
と、その熱さに驚き、うっかり粥を落としてしまった……はずだった。が、
「おっと!」
と龍司が、粥がこぼれないよう、お椀の向きも咄嗟に整えながら、キャッチした。
(え? 今のを落とさなかったどころか、こぼさずに受け取るなんて! しかも、あの距離から?)
龍司は、今は粥を持ってマヤのすぐ側にいるが、さっきまでは確かにお膳を挟んだ向こう側で正座をしていたはずだった。
「あなた……何者なの?」
マヤは、思わず聞いていた。そう聞いたところで、何かある者が、まともに答えるはずなどないとは分かっていたが。男は、にこにこしながら、
「何者でも……まだまだ修行の身ですから。これは、こうして、ふーっ、ふーっと冷ましながら食べるといいですよ」
と近くで見本を見せると、マヤはドキッとして、また顔を赤らめた。男は、
「では、ゆっくり召し上がってください」
と言うと、再び部屋を出て行った。マヤは、教えられたように、ふーっ、ふーっとお粥に息を吹きかけながら、少しずつ食べていった。
(美味しい……それに温まる)
マヤは、体が内側から温まってくるのと同時に、心もほんわりと温かくなるのを感じた。
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マヤ達を拾ってくれた男は、安藤龍司といった。龍司はフリーのシステムエンジニアで、パソコンとネットに繋がる環境さえあれば、どこででも仕事ができるのだと言っていた。ただ、行き先は分からないが、毎朝早くに出かけては、朝食前には戻ってきて、後はずっと家で仕事をしながら、マヤ達の世話をしてくれた。マヤは、
「大分良くなったので、私にも何か手伝わせてください」
と言い、少しずつ家のこともやるようになっていった。マヤにとって、現代日本での生活は慣れないことばかりだったが、龍司が褒め上手だったので、気をよくしてやっているうちに、いつの間にか大抵のことができるようになっていた。
龍司は、母乳が出ないと言うマヤのためにミルクや哺乳瓶を買ってきたのを機に、赤ん坊を育てるのに必要と思われる物は何でも調達して来てくれた。マヤが、
「何から何まで頼ってばかりで、ごめんなさい。この借りはいつか必ずお返しします!」
と謝ると、龍司は、
「気にすることはありません。お互い様ですから」
と、そうするのは当たり前だというように笑った。マヤは、何も聞かずに自分を受け入れてくれた龍司に、徐々に思いを寄せるようになっていった。
二人は、たわいも無い話で笑い合ったり、赤ん坊のやることなすことに一緒に一喜一憂した。マヤは、二人で赤ん坊を育てることに幸せを見出している自分に気づいたが、夜、一人になると、
(龍司さんにすっかり甘えてしまっているけれど、ずっとここでこうしている訳にはいかないわよね……)
と考えては、胸が苦しくなっていた。
ある日、スヤスヤと昼寝をしている赤ん坊の側で、いつものように二人並んで洗濯物を畳んでいたとき、龍司が珍しく、
「ん、んんっ……」
と急に喉を詰まらせた。マヤは驚いて、
「どうしたの? 大丈夫?」
と龍司の顔を覗き込むと、龍司は顔を真っ赤にして目を逸らした。マヤは、心配になり、龍司の肩に手をのせ、よく見ようとさらに顔を近づけた。龍司は、慌てた様子で、
「ま、待った! その、大丈夫! そうじゃないんだ。その……」
と、かなり動揺していた。マヤがきょとんとしていると、龍司は改めて、コホンッと咳払いをし、マヤの方に真っ直ぐ向き直った。マヤも何となく、それに合わせなければならない気がして、龍司の方を向いて正座した。
「マ……マヤさん!」
龍司の声が裏返っていたので、マヤは吹き出しそうになったが、必死で堪えていると、龍司は恥ずかしそうに、しかし思い切って切り出した。
「その……こ、ここで、これからも、一緒に、暮らしていかないか?」
「え? それって……」
「ず、ずっと一緒にいてほしい……ど、どうかな?」
マヤは、ずっと抱えていた不安が一気に解けていくのを感じると、自然と目から涙が溢れた。龍司は、マヤが突然泣き出したので、
「わ! ご、ごめん! やっぱり難しいよな……ごめん。困らせるつもりじゃ……」
と、明らかに気落ちした様子でゴニョゴニョと言い始めた。マヤは、
「違うの……嬉しくて……
私、ここにずっといてもいいの? あなたと、ずっと一緒に……」
マヤが喉を詰まらせながらそう言うと、龍司は、ガバッとマヤを抱き寄せた。
「いていいに決まってる! いや、いてほしいんだ!」
マヤは、その言葉を聞いて、心の底から安心したと同時に、龍司の存在が、どれほど自分にとって大きくなっていたかを知った。
二人は、赤ん坊の名前をどうしようかと、幾晩も一緒に考え続けた。そして、二人が出会ったあの夜に輝いていた北斗七星にちなんで「北斗」と名づけ、二人で大事に育てていくことを誓った。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、知らされていなかった事実が徐々に明らかに……
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