80.勾玉と曲玉
アーム王国に戻ると、エステルとシンは、王宮の礼拝堂へと向かった。その間に、アンナは夕食の支度、リアムは近衛騎士団員の指導、ルビーはシェフに新作ができたからと試食を頼まれ、喜んで調理場へ飛び跳ねて行った。一人残されたアンは、
「さ〜てと、まだ見てない所もあるし、あちこち探索させてもらっちゃおっかな〜」
と、城内をぶらぶらと歩き始めた。
*******
「やっぱり嵌まりそうにないな」
エステルが引き出しから取り出してきた王冠の窪みに、シンは勾玉を充てがってみたが、明らかにサイズも形も異なっていた。
「この間は、二つの石が合わさって一つになったが、今度はその逆ってことはないだろうな?」
シンは、勾玉をステンドグラスから差し込む光にかざして、切れ目等がないか確認してみたが、見当たらなかった。エステルは、シンから勾玉を受け取ると、
「縮める?」
と自分自身にも問うように聞いた。
「縮める……か」
シンは、何かを思い出せそうな気がし、頭の中でその言葉を反芻した。
(縮める、縮める……)
すると、シンの代わりに珍しくエステルが、
「あ……」
と声を漏らした。
「ん?」
エステルがそういった声を出すのを聞いたのは初めてだったので、シンは驚き、こう返すのがやっとだった。
「研磨してみるのはどう?」
「研磨か……やすりか何かでか?」
「いいえ、ダイヤモンドをダイヤモンドでカットするように……」
「こいつも別の勾玉でか?」
シンが『別の勾玉』と言った瞬間、二人は顔を見合わせ、同時に言った。
「神殿の女神!」
*******
一見、ルールはきっちり守るタイプのように見えて、実は、ここぞという時には規則違反をも厭わないエステルが、持ち出し禁止の王冠を手に、神殿へと向かおうとしたので、シンはぷっと吹き出しながら、
「それは俺が持って行くよ」
と受け取ると、腰ベルトのポケットからサッと一枚の布を取り出して王冠を包み、別のポケットから小さな袋を出すと、その中に詰めた。エステルは、それほど大きくない腰ベルトのポケットから、いつもいろいろな物が出てくることを不思議に思っていたらしく、
「その中にはどれほどのアイテムが入っているの?」
と聞いてきた。シンは、エステルが任務以外のことを聞いてきたことに少し驚いた。
「戦闘用の武器や、情報収集のための機器、集めた物を収納するための入れ物、それから……」
「メガネでしょ?」
とエステルが補足した。シンは、エステルがツッコミを入れたように感じて可笑しかった。
「ハハ! そうだな、メガネはよく使ってるよな」
と笑うと、エステルも一瞬笑ったように見えた。シンは、また少し、エステルが心を開いてくれたような気がして嬉しかった。
二人は神殿に着くと、宙に浮いている女神が手にしている勾玉を眺めた。勾玉が女神の石像とは分離しているのか、それとも、一緒に彫り込まれているものなのかは、祭壇前から見上げていてもよく見えなかった。シンは、
「女神に触れるのは御法度か?」
とエステルに尋ねると、
「王冠がここにある時点で、それを議論することに何の意味もないわ」
と言った。シンは笑って、
「確かにな」
と言うと、一気にジャンプして女神の腕に乗った。
(こうしてのってみると、下から見ているよりも、断然に大きく感じるな)
シンは、意外にも安定した足場となっている女神の腕の上を器用に渡り歩いて勾玉を持つ手元へと近づいて行った。
シンは、剣から出てきた八坂瓊曲玉を女神の持つ勾玉と擦り合わせようと当てがった。その瞬間、女神の持つ勾玉がピンク色にポゥッと光り、温かくなった。シンは、そのまま八坂瓊曲玉を押しつけていると、まるで氷を溶かしているかのように、石が接触している部分が溶け始めた。シンが、
「エステル!」
と呼びかけると、その様子をじっと窺っていたエステルが、ぽーんと王冠をシン目掛けて投げ上げてきた。シンは、
(エステルに説明は不要だな)
と満足気に笑いかけた後、空いている王冠の二つの窪みの形をそれぞれにイメージしながら、八坂瓊曲玉の面を変えながら、女神の持つ勾玉に当て続けた。八坂瓊曲玉をある向きにした時、シンの頭の中に、
『それでよい』
という声が聞こえてきた。
(声の主は、恐らく女神だろう)
そう思ったシンは、その声に従うことにした。しばらくすると、
『嵌めてみよ』
と、その声が言ったので、シンは研磨をやめ、今やすっかり形の変わった八坂瓊曲玉を、王冠の窪みの一つに押し込んだ。
カチッ
と小さな音がした瞬間、
ォオーンォーンォン……ォン
と、いにしえの龍神の鳴き声が、神殿内に木霊した。シンは、エステルのもとに飛び降り、
「やったな」
と笑いかけたが、エステルはそれに答えることなく、ふらっと倒れ込んできた。シンが咄嗟に支えて顔を見ると、真っ青になっていた。
「エステル? 大丈夫か?」
「大丈夫……少し疲れが出ただけ」
エステルはそう言ったが、とてもそれだけとは思えなかったシンは、エステルを抱き上げ、アンナのいる北宮に急ぎ向かおうとした。
が、そのとき、二人の頭の中に女神の声が響いてきた。
『これがそなたの選びし道か?』
その問いは、エステルに向けられたものだった。エステルが、
「はい」
と答えると、女神は、
『二つの目が揃う時は近い。急ぐがよい』
と言い終わると、勾玉の光は消え、元の石に戻った。
「急げって、一体どこへ……」
と、シンが腕の中で苦痛に顔を歪めているエステルを見つめながら呟いたとき、神殿の扉が開いた。
「私がご案内します!」
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、案内を申し出たのは……
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