8.決闘
会場内は騒然としている。それもそのはず、王女が自分の婚約者に決闘を申し込んだのだ。もちろん、王女自身が決闘に臨むことはない。王女が指名する者が代わりに立つことになる。
問題は、誰を指名するかだ。この国では、婚約破棄に際して決闘を申し込む場合、次の婚約者候補を選ぶのが慣例だ。
「どなたを指名されるのだろう?」
「宰相では?」
「決闘を申し入れたんだぞ。文官ってことはないだろう」
「じゃぁ、近衛騎士団長か?」
近衛騎士団長が選ばれることになれば、王権争いは騎士派が優位に立つことになる。カークハム家が率いる王族派としては、それはなんとしても阻止したいところだろう。皆の憶測が飛び交う中、
「ヒューカム卿!」
突然名前が呼ばれ、その場が一瞬静まり返った。
「ヒューカム卿だと?」
王太子が呟いた。国王は目を細めてその男を凝視した。
いつの間に来ていたのか、エステルの後ろから、一人の男が進み出ると、どよめきが起こった。
長身で、鍛え抜かれた体から、騎士であることは一目瞭然だったが、王宮の騎士団とは違う制服を着ている。しかも、この国では珍しい黒髪に加え、かなりの美男子だ。令嬢達の熱い視線が注がれた。
「どちらの騎士様?」
「黒髪の騎士様には初めてお目にかかるわ」
「私も!」
「見たことのない制服ね」
「新しい制服かしら?」
令嬢達の関心は一気にシンに向けられ、おしゃべりは止まりそうにない。
シンは、その中にあっても冷静さを保ち、そのまま中央へと歩み出ると、アーサーの正面に立った。が、シンはこの国の決闘の作法など知る由もない。
(相手の真似をするしかないな)
相手の真似をするということは、当然ながら相手よりも後から動くことになる。普通ならば、決闘において不利になることは間違いない。しかし、これまでも、その場で即、役割に見合った行動をしなくてはならない場面に多々遭遇してきている。
シンは、アーサーの動きを寸分も見逃さないようまっすぐに見据えながらも、気は常に会場全体に張り巡らし続けた。
後に引けなくなったアーサーは、
「い、いいだろう。受けて立とう!」
と言うと、侍従に自分の剣を持ってくるよう指示した。
シンは、アーサーがしたようにお辞儀をし、アーサーがしたように剣を構えた。
アーサーは、王女の婚約者として、つまり王位継承権を受け継ぐ者として、幼少の頃より教育されてきた。剣技についても王女付き近衛騎士団長から直々に指導を受けてきて、腕にも覚えがある。しかし今、シンを目の前にし、圧倒されそうになっている。アーサーの額に、じわりと汗がにじみ始めた。
貴族派の中で最高権威を誇るカークハム家の長男が、婚約者である王女から決闘を申し込まれたのだ。
(なんでこの俺がこんな目に!)
王族派、騎士派、双方の視線と思惑がアーサーの身にのしかかり、震えが止まらない。アーサーは震えを抑えるようにしてグリップを握り直した。
(なんだ? この男のこの威圧感は! 全く動く気配がないし、表情からも姿勢からも次の行動が読めない……)
緊迫した空気に耐えられなくなったアーサーが先に仕掛けた。大きく一歩を踏み出しながら、剣を真っすぐシンの喉元めがけて突き出した……はずだった。
カキーンッ!
静まり返っていた会場内に大きな金属音が響いた。
アーサーの剣は空中で大きく弧を描き、アーサーの後方の絨毯に突き刺さった。アーサーの喉元には、シンの剣先が数ミリの空間を残して止まっている。
国王が手を叩き始めると、騎士派の貴族が続いて拍手をし、王族派の貴族達も遠慮がちにパラパラと拍手をした。
シンは剣を下ろすと、国王らの方に一礼し、続いてエステルの方へと向き直り、右手のひらを左胸に当て、頭を下げた。エステルは黙って頷くと、シンの方へと進み寄り、王の方に向き直った。
「陛下!」
と言いながらドレスの両端を持ち、少し膝を折ってお辞儀した。
あまりにあっけない幕切れに、会場にいた者たちは、まるで言葉を忘れたかのように、ただ中央に立つ三人を見つめていた。
何が起こったのか分からないといった様子で、茫然とその場に立ち尽くしているアーサーのもとに、父親であるカークハム公爵が歩み寄り、エステルが次の言葉を発するのを防ぐように話しだした。
「陛下、お待ちください! 突然にこのような場で決闘を申し込まれ、動揺していたのでしょう。しかしながら、剣の鍛錬が十分でなかったことは認めざるを得ません。これを機に、これまで以上に鍛錬させますので、どうかお許し頂きたくお願い申し上げます」
「カークハム公爵よ。そうしたいところだが、それでは決闘の意味がなくなる」
「しかし……!」
「カークハム卿は、これ以上、鍛錬の時間を増やすのは難しいのでは?」
エステルが割って入ると、会場脇から王女の専属護衛騎士が一人の侍女を連れてきた。青ざめた顔で、おどおどと今にも転びそうな足取りで入って来たのは、アルフレッド王太子付きの侍女だった。
カークハム公爵の表情が一気にこわばった。
「カークハム卿は、よくこの者のもとへと訪れておりました。しかも夜中に」
会場内が再びざわつき始めた。
「カークハム卿が侍女と?」
「深夜に密会していたの?」
「婚約者がありながら?」
「まぁ、なんてこと!」
「ち、違う! 私は……」
アーサーが何かを言いかけたとき、カークハム公爵がそれを制止した。その様子を見た国王が、
「構わぬ。カークハム卿、弁明の機会を与えよう」
と言うと、会場はシーンと静まり返った。
アーサーは、今にも音が聞こえてきそうな程にガチガチと震えている。隣りにいるカークハム公爵も、もはや国王とは目を合わせられないようだった。
皆が中央にいるカークハム親子に注目し、会場内の緊張感が最高潮に達したと思われた時、王が決断を下した。
「弁明することはないようだな。エステル王女よ、婚約破棄を認める。それから、カークハム卿は、以後、アーロンを名乗ることを禁ずる」
アーサーは、真っ青な顔でその場でガックリと頭を垂れた。カークハム公爵が、すっかり生気を失っている我が子の肩を片手で抱き寄せ、さも心配しているかのように振る舞いながら、反対の手を後ろに回し、指をヒラヒラと動かしたのをシンは見逃さなかった。
(合図か! どこだ?)
王太子付きの侍女が苦しみに顔を歪め始めたのが目の端に入る。
(口封じする気か!)
会場中、いや会場の外まで神経を張り巡らせると……
(いた!)
宮殿の窓の外から中にいる王太子付きの侍女の方を見据え、ブツブツと何やら唱えているフードを被った男を見つけた。
「ルビー!」
ルビーは、シンの腰ベルトのポケットからピョンっと飛び出ると、すぐさま侍女の周りに防御のための結界を張った。
その間にシンは気配を消し、音を立てず、猛スピードで宮殿の外へ出て男の真後ろに立つと首筋に鋭く光る剣の刃を当てた。男は、ギョッとした顔をし声を詰まらせると、呪文は止んだ。顔色が青ざめていた侍女は、
ぐっ……ふはっ!
と突然息を吹き返したように、ゼーゼーと呼吸をしだした。
シンが一瞬にして会場からいなくなったと思ったら、フードを目深に被った男を後ろ手に縛り、連行してきたので、会場は再びどよめいた。それを見るなり、カークハム公爵も顔面蒼白となった。
国王は、
「魔法師か……後程、取り調べを行う。その侍女と共に連れて行け」
とだけ言い、魔法師が誰に雇われたかは、その場では問わなかった。
「カークハム公爵よ。今宵は早くに休まれてはどうかな?」
一見穏やかではあるが非常に威圧的な国王の語り口に、カークハム公爵は無言で頭を下げ、アーサーを抱えるようにして退場した。
二人が出て行き、扉が閉められると、国王が立ち上がった。
「思わぬ余興から始まったが、今宵は、日頃から国のために尽力してくれている皆を労うパーティーとしたい。皆、楽しんでいかれよ!」
国王より、パーティーの仕切り直しが告げられると、国王の側付きより指示が出され、音楽隊の演奏が始まった。
皆歓談しているようであったが、話題は婚約破棄と今後の行く末、それから、突然現れた騎士のことで持ち切りだった。
「さすがは冷酷無慈悲と言われるエステル王女ね」
「まさか、自ら婚約破棄されるとは」
「しかも、このような場で見せしめのように決闘を申し入れるなんて」
「でも、あの騎士様、素敵だったわ〜」
「ほんと!」
皆が好き勝手に話すのを、全く意に介す様子もなく、エステルは目くばせをすると、王女付き専属護衛騎士は、シンに後に続くようにと促した。
(ん? この匂いは……)
シンが記憶を辿りながら、二人について会場を後にし、廊下を歩いていると、国王付き補佐官が現れた。
「国王陛下がお呼びです」
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次回、陰謀が明らかに?!
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