75.二つの剣
神話の中の怪物だと思っていたヤマタノオロチを突然目の前にし、恐怖とともに、一瞬動揺したシンだったが、
(エステルを刺すより、こいつを刺す方が、何百倍も気楽だろ!)
と自分を鼓舞し、劍を両手で握り直した。劍の柄に埋め込まれた魔石がピカッと光ると、辺りが白み始めた。
(ここは……?)
洞穴の中から、いつのまにか木々の生い茂る深い谷間に移動していた。厚い雲がかかったその奥で、日が昇ろうとしている。シンはヤマタノオロチから目を離さないようにしながら、辺りを窺ったが、ルビーとアンナとリアムの気配は全く感じられなかった。エステルが、
「私達だけ、異空間に誘われたようね」
「そのようだな」
シンは、ブツブツと唱えると、いきなりエステルに向かって劍を振りかざした。劍で、エステルの体全体を覆うような動きを見せると、
「エステル、俺に万一のことがあったら、地面にゲートの鍵を挿すんだ。いいな?」
と言った。エステルは、目を見開きシンに向かって手を伸ばそうとした。が、その手は見えない何かに当たった。エステルは、全方位に腕を伸ばそうと試みたが、完全に何かに囲われていることに気づいた。エステルは、内側からバンバンと叩きながら叫んだ。
「シン!」
「結界を張った。お前には怪我一つさせない」
(ましてや、俺がエステルを刺すなんて、そんな未来、あってたまるか!)
シンは、エステルに向かってにっと笑うと、大きな尾を振り下ろしてきたヤマタノオロチに向かって突進した!
(神話みたいに、ヤマタノオロチに飲ませる酒も時間もない。さて、どうする?)
シンは、八本の尾が次々と襲いかかってくる中、
(急所はどこだ?)
と探りながら斬りつけていたが、
(なんて硬い体だ! これじゃ、こっちの刃が持たない。しかも速い!)
尾にも目がついているのではないかと思うほど、シンを的確に狙ってくる。が、シンの思惑通り、ヤマタノオロチが、結界の中にいるエステルの存在に全く気づいていないことだけは救いだった。
シンは、攻略方法を考えながら、隙をついて、ヤマタノオロチの目を狙って手裏剣を投げつけた。四つの目に命中すると、ヤマタノオロチは、のたうち回りながら、
グォーッ!
と鳴き叫んだ。
(よし! これは効くみたいだ)
怒り狂ったヤマタノオロチは、シンを締め上げようと、長い尾を巻きつけてきた。
(くっ……こいつに巻かれたら、一巻の終わりだな)
シンは、目まぐるしく襲いかかってくる八本の尾から何とかすり抜けながら、残る十二の目にも、次々と手裏剣を繰り出して潰していった。
視界を失ったヤマタノオロチは、シンを探して大暴れしだした。シンは大きく真上に飛び、ヤマタノオロチの頭上からクナイを思い切り突き刺した。が、ヤマタノオロチは、クナイが頭に刺さっていることに気づいてすらいないようだった。
(なんだと?!)
シンは、荒れ狂うヤマタノオロチの猛攻撃を避けるだけでも、体力がかなり消耗させられていた。
(長引くとヤバいな。神話では確か、矢を射って倒したんだったか? そんなもの、ここにあるわけないか……)
と思いながらも、シンは、代わりになるものでもいいから何かないかと、辺りを見回した。その時、エステルが、結界の中で何かしているのが目に入った。
(何だ、あれは?)
よく見ると、エステルの両手の間に勢いよく流れ出る水が弧を描いていた。エステルが右手を離し、その弧の中央を奥から手前にひくと一本の水が引き出された。
(あれは……矢か?!)
シンがエステルの目を見ると、エステルもシンの目を見てコクリと頷いた。シンは、万一に備え、エステルの元に移動し、エステルを背にして立った。ヤマタノオロチが二人に向かって土埃を上げながら、物凄い勢いで接近してきた瞬間、シンが、
「今だ!」
と言って、結界を解いた。エステルは、シンの肩越しに思い切り水矢を放った。水の精霊の力が加わったその矢は、真っ直ぐにヤマタノオロチの心臓と思われるところに引き寄せられるようにして飛んで行き、見事に命中すると、黒い血の飛沫を辺りに撒き散らしながら、
キーッ! ギーッ!
と狂ったように鳴き始めた。暴れ回る尾がエステルに襲い掛かったてきた時、シンの持つ剣の魔石が再びピカッと光った。シンは、思い切り剣で切り掛かると、尾はぶっつりと切り離された。ヤマタノオロチは、しばらくのたうち回っていたが、最後の力が尽きると、地響きを立てながら、ドスーンッと倒れ込んだ。シンがエステルからもらった剣の刃はボロボロに欠けてしまっていた。
(……終わったのか?)
シンは、ヤマタノオロチを確実に仕留めたことを確認すると、やっとエステルの方に向き直った。
「エステル、助かったよ。水矢を作れるとはな」
「初めて作ったわ。というより、何かできないかと考えていたら、自然と左右の手の間で弧を描くように水が勢いよく流れ出てきたの。弓矢のようだと思った瞬間、水矢が現れたの。恐らく、水の精霊の加護だと思うわ」
「そうか。何にせよ、無事で良かった」
シンはエステルの肩に手を置き、微笑むとエステルは黙って俯いた。
「大丈夫か?」
シンが覗き込むと、
「大丈夫よ」
と言ったエステルの耳がほのかに赤く色づいていることに気づき、シンまで顔を赤くした。しばし、二人の間にぎこちない、しかし温かな空気が流れていたが、それを破るようにエステルが、
「シン、あれ……」
とシンの後方を指差した。シンが振り返ると、ヤマタノオロチの先ほど切り裂いた尾の部分が明るく光っているのが見えた。二人は慎重に近づくと、そこから剣の柄が見えていた。シンの心臓が高鳴った。
(まさか……)
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次回、ヤマタノオロチの尾から出てきた剣は……?
毎日一話投稿していこうと思っています。
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