74.怪物
「回避する方法は?」
「知らぬ」
そう即答した風の精霊に、シンは苛立ちを覚えていた。
「そう怒るな。知らぬものは知らんのじゃ。しかし、龍神ならば、何か知っておるかもしれぬぞ」
風の精霊が、両掌を大きな龍神に向けると、その体を撫でるように暖かな風がすり抜けた。大きな龍神は目を開けると、シン達を見た。後ろで、バタバタッと音がしたと思ったら、アンナとルビー、そしてリアムまでも床に倒れていた。
シンが、
「何をした?」
と風の精霊に尋ねると、
「案ずるな。気を失っただけじゃ。龍神が、そなた達と話す気になったようじゃ」
シンもエステルも、三人のことを気にかけながらも、龍神の方に向き直った。龍神が、二人を真っ直ぐに捉えた。瞳がカッと開き、金色に発色したと思ったら、二人の頭の中に声が響いてきた。
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白と黒が入れ替わる時、黒となる者を滅せよ。さすれば、白となる者は最大の力を得、未来の鏡に映る世界も変わろう。
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そう言うと、大きな龍神は再び目を閉じた。
「白と黒が入れ替わる?」
シンが自問するように呟くと、風の精霊が、
「始まりの令嬢は、この意味を分かっていよう?」
とエステルの方を見た。エステルは、やはり黙ったまま何も答えない。
(エステルは何か知ってるのか? しかし、ここで答えないということは、少なくとも俺に知られたくないか、もしくは、まだ言うべき時でないと思っているのか……)
シンは開きかけた口を閉じた。
「さて、龍神からのお声も賜った。本題に入ろうではないか。そなた達がここへ来た目的は、石であろう?」
風の精霊が、話を切り出した。ようやくエステルが、
「えぇ」
と答えた。風の精霊は、
「ふふ。そなたは声も美しいのう。わらわは美しいものが好きじゃ。勇者も、これまでやって来た者の中で、一番美しい顔立ちをしておる。よき組み合わせじゃ」
と満足そうな笑みを湛えた。
「もう一度、鏡を覗くがよい。そなた達が石を持つに相応しい者であるか、試されるだろう」
風の精霊が言い終わった瞬間、ふっと、全ての灯りが消え、辺りは暗闇に包まれた。
「エステル、いるか?」
「えぇ、ここに」
シンは声を頼りにエステルの元に移動し、エステルを背にして立つと、辺りの様子を窺った。左腕を、エステルを庇うように後ろに回し、右手で剣を抜いた。
「いいと言うまで、俺から離れるなよ」
エステルは、返事をする代わりに、シンの左腕に掴まった。エステルが不安そうにしているのが伝わってきた。いつも平静を装い、表情にも態度にも、不安などおくびにも出さないエステルだが、この時ばかりは、アンのこと、未来を映す鏡のこと、これから起こる未知のことなど、不安が重なったのだろう。視界が完全に遮られた暗闇の中で、どうしようもない不安や恐怖が生じたとしてもおかしくはない。シンは、初めてエステルに頼られた感じがして、気が引き締まる思いだった。
目が少し慣れてきた時、先ほど皆を不安に貶めた鏡が見えてきた。シンとエステルは、顔を見合わせると、同時に鏡の方へと足を向けた。シンが後ろを振り返ると、ルビーとアンナとリアムが、今も気を失ったまま倒れていた。
(これから、何が出てくるか分からないからな。しばらく、このまま寝かせておいた方がいいだろう)
シンは再び鏡の方に向き直り、鏡の前に来ると止まった。シンはエステルに目を合わせて尋ねた。
「準備はいいか?」
「えぇ」
エステルも腹を括ったようだった。二人は息を合わせたように、同時に鏡を見た。すると、鏡の中で黒煙が渦巻き始めた。ゴーゴーと鏡の奥で風が嘶く音が聞こえてくる。二人が目を離せないでいると、鏡の中で二つの目がギラリと光った。その目が、徐々にこちらに近づいて来るのが分かると、シンはエステルを抱え、ルビー達が倒れているところまで、一気に飛び下がった。皆を庇うように前に立ちはだかると、鏡の中から怪物が頭を出した。が、頭は一つではなかった。一つ、また一つと鏡から出てきて、全部で八つの頭が長い首を従えていた。いや、その怪物が全貌を表した時、尾も八つあることが分かった。
「まさか……ヤマタノオロチか?」
十六の瞳が、シンを見下ろしている。
(でかい……)
先ほどの大きな龍神をも悠に凌ぐ大きさだ。ヤマタノオロチが少し動くだけで、その風圧にバランスを崩しそうになる。シンは、エステルにできるだけ下がって身を伏せるように言うと、自分はヤマタノオロチに正対した。
が、シンは、この圧倒的な力の差を前に、生まれて初めて怖さを感じていた。
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次回、シンはこの怪物を倒すことができるのか?
毎日一話投稿していこうと思っています。
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