73.ルビーの母
(未来を見せる鏡だと?)
シンを含め、皆が声のした方を見た。暗闇だった空間に、
ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ……
と、ゆっくり灯りがついていく。灯籠のような石造りでありながら、西洋のランタンを思わすようなデザインで、中で小さな火が揺らめいている。灯りは、ほぼ等間隔に左右同時に点いていき、まるで夜の滑走路のように道を浮かび上がらせていった。灯りの行き着いた先には、障子を開け放った大広間の中に大きな龍が寝そべり、その龍に背をもたれかけさせ、ゆったりと腰掛けている女がいた。
大広間にいる龍は、ここまで導いてくれた龍とは比べ物にならないほど大きく、やはり透明なのだが、鱗に厚みがあり、その陰影もくっきりしているだけに、圧倒的な存在感を持ってそこに鎮座していた。
さっきまで、ルビーとアンナと戯れ合っていた龍神は、女と大きな龍を見ると、スッと寄って行った。女は、
「よしよし、邪を祓ってきたのじゃな」
と、頭を撫でた。
(邪って、アンのことを言ってるのか?)
アンのことといい、鏡のことといい、シンは微かに怒りすら感じた。シンにとって、その女の第一は最悪のものとなった。
女は、前髪を眉毛の辺りで真っ直ぐに揃え、サイドの髪は耳が隠れる程度の長さだが、後ろ髪は女の体の何倍もある長さがあり、全体に青みがかったその髪は、まるで生きている龍のように蠢いていた。それはまるで、そこに龍が三体いるかのようだった。
「娘を迎えに行ってくれたのか?」
と女が聞くと、龍神は女の顔にほおをすり寄せた。女は、龍神に微笑みかけながら、ルビーを見た。
(ルビーが娘……ってことは、風の精霊か)
「我が娘よ。ここまで来た子は、そなたが初めてじゃ。しかも、此度は、始まりの令嬢と勇者が揃って来るとはのう」
と、風の精霊は後ろの大きな龍に話しかけた。龍が鳴いたのか、洞穴の中に、
ォオーンォーンォン……ォン
という音が響いた。
(これは……礼拝堂で一つ目と二つ目の石を嵌めた時に鳴った音と似てるな。いや、この龍の声だったのか?)
風の精霊は、
「龍神の声を聞いたことがあるのであろう?」
とシンの考えを見透かすように聞いてきた。シンが、
「あぁ。これまで見つけた石を王冠に嵌め込んだ時に」
と答えると、風の精霊は、
ふっふっふっ
と楽しそうに笑った。
「あれは、この龍神の昔の声が、今、木霊しているだけなのじゃがな」
と、大きな龍神の方に視線を送った。大きな龍神は、風の精霊と目を合わせると、目を閉じた。
「この龍神の住む竜宮城の守護を任せられているのが、わらわじゃ」
着物に似せた、艶やかな柄のカシュクールドレスを身に纏った風の精霊は、手の平を軽く、ふうっと吹くと、皆のいる空間に花の香りを漂わせた。小さな龍神がうとうととし始めると、
「この子は、そなた達が今世に降りて来る少し前に生まれたばかりで、龍神としてはまだほんの赤子じゃ」
と言いながら、シンとエステルを見た。
「そなた達をここへ導くために生まれて来たのかのう?」
と、小さな龍神の顔を覗き込みながら頭を撫でた。そして、ルビーに、
「いらっしゃい」
と声をかけた。ルビーは、一瞬躊躇したが、そろりそろりと近づいて行った。リアムが、
「ルビー」
と声をかけた。隣にいるアンナも心配そうな顔をしている。ルビーは、二人の方を振り返ると、黙って頷き、再び歩みを進めた。風の精霊は、
「さすが我が子よ。美しく育ったわね」
ルビーはそんな風に誉められたことがなかったので、恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「ふふふ。可愛い子ね。でも、あれはダメよ」
「あれって?」
「この子が祓ったでしょう?」
風の精霊は、小さな龍神をチラリと見た。
「……アンのこと?」
ルビーは、皆に聞かれないよう、風の精霊にだけ聴こえるように小声で聞いた。風の精霊は怪訝な顔をすると、エステルの方を見た。
「令嬢よ。躊躇っておるのか?」
エステルは、何も言わず、ただ真っ直ぐ風の精霊を見ていた。
「まぁ、分からぬでもないが……もうそれほど時間はないぞ」
風の精霊はそう言うと、片手のひらにのるくらいの風玉を一つ作った。中に青い花のようなものが、ゆらゆらと浮いている。
「これは?」
「この花は、そなたに危険を知らせてくれるじゃろう。青のままならば良し、黄色になってきたら要注意じゃ。万一、赤になった時は、この風玉を相手の胸に突きつけよ」
「……そうすると、どうなるの?」
「そなたを守ってくれるじゃろう」
「相手は?」
「……どうなるかのう。そなた達次第じゃ」
風の精霊は、その風玉をルビーに手渡した。ルビーがその風玉を挟むように、もう片方の手のひらを重ねると、風玉はルビーの手の中に吸い込まれるように消えていった。
二人の会話が終わったところで、シンが、皆が気になっているだろうことを自ら尋ねた。
「あの鏡は未来を見せると言っていたな。あの鏡に映っていたことが、この先、実際に起こると?」
「今のままならば、そうなるじゃろう」
「……なら、回避することもできるということか?」
「そのはずじゃが、これまで回避できた者を見たことがない。覚悟しておいた方が良いじゃろう」
風の精霊は、冷たい眼差しで、シンを見下ろした。
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次回、4つ目の石がそろそろ出てくる?
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