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72.鏡

「父さん? 何かあったの?」


龍司は服部一族において、当主の次の地位にある者だ。任務中に龍司が直々に会いにくるのは、余程重要なことに限られている。


「……任務のことではない」


アンは目を丸くした。任務中に任務以外のことで会いにくるなど、前例がなかった。それ故に、アンは嫌な予感しかしなかった。


「何?」


アンが、少し急くように聞くと、龍司は深刻な面持ちで、


「……マヤがいなくなった」


と力無く言った。アンは、自分の耳を疑った。父のこのような弱々しい声を聞いたのは生まれて初めてだった。アンは、何か恐ろしいことが起きていることを察知した。


「どういうこと?」


アンの質問に龍司は、すぐには答えられず、しばらく顔を苦しそうに歪めたまま立ち尽くしていたが、ようやく胸の内ポケットから一通の手紙を取り出し、アンに差し出した。アンは、恐る恐るその手紙を手に取ると、破りそうな勢いでババッと広げて読み始めた。手紙は、マヤから龍司へ宛てたものだった。



-------


龍司さん、


突然、こんな手紙だけ残して行く私を許してください。

北斗を守るため、私は行かなければなりません。

もし戻ってくることが出来たら、その時は何もかもお話します。

でも、万一私が戻って来なかったら、私のことは忘れてください。


龍司さんに出会えて、あなたと一緒に北斗を育てることができて、三人で時間を共にすることができて、私は本当に幸せでした。

ありがとう。


マヤ


-------



「何だよ……これ……」


アンは、手紙に目を落としたまま、


「いつ?」

「今朝、当主の元へ定例報告をしに行き、戻ってきたら、これが机の上に置いてあった」

「……これだけ?」

「……あぁ」

「はは……すごいね。俺のこと守るためって書いてあるけど、俺ここにいるけど? 母さん、どうやって俺のこと守るつもりなんだろ。っていうか、何から俺を守ろうとしてんの?」


アンからの矢継ぎ早の質問に、龍司が答えられずにいると、代わりにじいが、


「北斗殿は、最近何か変わったことはありませんでしたかな?」


と聞いてきた。


「俺? 変わったこと? いや……特にこれといって……」


と言いながら、じいの髪を見て、


「あぁ、まぁ、強いて言えば、白髪が出てきた……てことくらいかな。なんて、関係ないと思うけど」


と苦笑した。


「白髪ですか……」


じいは、


「ちょいと失礼」


と言うと、アンの髪をかき分け根元をまじまじと見つめた。そして言った。



「これは……白髪というより、銀髪では?」



*******



シンは、洞穴に入ると多機能型メガネを装着してみたが、すぐに外した。


(この洞穴全体に、かなり強い呪術がかけられているな)


何も見えないと分かると、シンは用心しながらも龍神のあとをついて行くことにした。

 長く曲がりくねった洞穴には、途中、何本か別れ道があり、知っている者でなければ、目的地に到達することは不可能と思われた。

リアムもアンナも相当警戒しているようだったが、ルビーだけはむしろ、楽しげですらあった。



 龍神に導かれるまま、洞穴の中を進んでいくと、奥に行くほどほわっと暖かで心地よい風がそよいでいた。と同時に、何かの花のような良い香りが漂ってきた。ルビーは、


「この匂い……」


と匂いを嗅ぎながら、ぽぅっと手の平に風の玉を作った。少しピンクがかったその風の玉からも同じ花のような香りがすることに気づいた龍神が振り返った。ルビーは、突然龍神に顔を近づけられ、一瞬ギョッとしたが、風の玉を差し出すように両手で顔の高さまで持ち上げてみた。


 龍神は、風の玉をじっと見た後、自分の背を見た。ルビーは、


「あ、これ、のせて欲しいの?」


と言いながら、試しに風の玉を龍神の背にのせてやると、龍神は、まるでリボンのように体をくねらせ、ポンポンと風の玉をお手玉のように浮かせては遊んでいるようだった。


「あはは! 気に入ったの? じゃぁ、もっといっぱい作ってあげる!」


ルビーは、風の玉をいくつも作ると、龍神の背に次々とのせてやった。龍神は複数になっった風の玉を背の上で器用にポンポンと弾いている。エステルが、


「この子は、まだ子どもなのね」


と言うと、アンナが、


「え? そうなんですか?」


と食い気味に聞いてきた。


「あぁ、この様子からすると、そうだろうな」


とリアムが代わりに答えた。


「はぁ〜っ! 大きな子ども。でも子どもだと思ったら、何だかちょっと可愛く見えてきたわ」


と、ルビーと龍神とアンナで風の玉をお手玉のようにポンポンと互いに投げ合って遊びながら進んでいたら、突然龍神が止まった。



 ここまで、シンでも立って歩いてこられる位の高さがあったが、突然行き止まりになっているように見えた。が、よく見ると、茶室のにじり口を思わせるような四角い穴が下方に空いていた。竜神は後ろを一度振り向くと、その穴をくぐって中に入っていった。ルビーはまず、リアムに聞いた。


「精霊魔法は大丈夫っぽいよね?」

「あぁ」

「シン、この洞穴の中は呪術がかかってると思うんだけど、この穴、潜ってもいいかな?」


と、次はシンに尋ねてきた。


「正直、この先どうなってるかは全く見えない。俺が先に行くから、エステル達を頼めるか?」

「分かった」


ルビーが道を譲ると、シンが穴の前にしゃがんで覗き込んで見た。が、完全に靄がかかっている。意を決してくぐると、目の前に石で作られた鳥居があり、2本の柱には登り龍が彫り込まれていた。頭上の中央には、やはりアーム王国の紋様が掘られている。シンが、


「とりあえず、この穴をくぐるのは問題なさそうだ」


と伝えると、皆、身を屈めて入って来た。エステルが何気なく柱の龍に手を置くと、一瞬ビリっと電気が走るような感覚があり、すぐに手を引っ込めた。それに気づいたシンが、


「エステル? 大丈夫か?」


と声をかけると、エステルは龍をじっと見たまま黙って何かを考え込んでいるようだった。少ししてエステルが、


「シン、そちらの柱の龍に手を当ててみて」


と言った。シンは、初めてエステルに『シン』と呼ばれ、一瞬くすぐったい感じがしたが、それは表情に出さないようにし、


「分かった」


と言って右の柱の龍に右手を置いた。同時にエステルは左の柱の龍に左手を置いた。すると、二人の手から稲妻のような閃光が出て柱を上り、真ん中にあるアーム王国の紋様に左右から同時に光が到達すると、紋様がパーッと光を放った。その光の先を辿ると、奥に鏡があった。皆、その鏡の元まで駆け寄ると、その中に、シンとエステルが映っていた。しかし、今の姿を映しているのではなかった。鏡の中の二人は動いていた。


エステルが跪き、シンに何かを言っているようだが声は聞こえてこない。鏡の中のシンはエステルを真っ直ぐに見据えたまま、徐に剣を取り出すと、いきなりエステルの額を突き刺した。


アンナが、


「ひっ!」


と両手で口を覆った。ルビーも、


「な……なに……これ?」


と顔を真っ青にしている。リアムは、睨むような目つきでシンを見た。シン自身、鏡の中の自分がしたことが信じられず、鏡から目を離せずにいた。エステルは何も言わず、ただ鏡を見ている。



 そこに、女の声がどこからともなく響いてきた。


「それは、未来を見せる鏡よ」

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、鏡の意味することとは?


毎日一話投稿していこうと思っています。

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